台湾の新興勢力にひざまずいた
シャープは技術流出を恐れて国内製造を重視してきたため、大手電機メーカーの中では海外生産比率が低かった。急伸する円高が、そんなシャープの弱点を直撃した。中国で組み立てている鴻海のほうが、製造コストがはるかに安いのだ。
佐治は堺工場を運営して、その弱点が痛いほど分かった。「いろいろと探したんだけれど、ここでできる液晶はテレビ以外に用途がない。しかもここは生産だけ。技術開発は本社で、経営情報も本社、売り先もシャープ本社。これでは購買のコストダウンもできない」。
液晶の用途が大型テレビからiPhoneのようなスマホに変わろうとしていたのに、シャープは大型の液晶テレビに固執した。堺工場はまるで大艦巨砲主義思想を捨てきれなかった戦艦大和のようだった。
シャープはついに屈し、鴻海は2012年、シャープディスプレイプロダクトに660億円出資して合弁経営にするとともに、シャープ本体に9.9%出資して筆頭株主になる契約を結んだ。創業100周年の年、シャープは台湾の新興勢力にひざまずいた。
シャープを救わなかった経産省
経産省はそんなシャープの救済に及び腰で、むしろ財務省の経産省担当主計官の神田眞人のほうが深刻に考えていた。
「シャープの問題は資本が足りないことにありました。産業革新機構か日本政策投資銀行の競争力強化ファンドか、そういうところからリスクマネーを供与したほうがいいと経産省には伝えました」。
せっかく財務省がそこまで手をさしのべているのに、経産省はやりたがらなかった。「革新機構はシャープに会いたがらなかったし、西山圭太審議官も石黒憲彦経済産業政策局長も『革新機構を弱者救済に使うな』と猛反対でした」。担当課長の荒井勝喜はシャープ救済策を押し通すことができなかった。


