大阪府から300億円の補助
かくしてシャープは、ソニーなど他のテレビメーカーに液晶パネルを外販しようと、サムスンの湯井地区の液晶コンビナートに匹敵するような巨大工場を大阪府堺市に4300億円をかけて建設することを決めた。米コーニングや旭硝子のガラス工場や大日本印刷、凸版印刷など20社近いサプライヤーを周囲に集め、第10世代(2880ミリ×3130ミリ)と呼ばれる世界最大級のガラスを使って40型や60型の大型テレビを量産する工場だった。
シャープはパナソニック(松下)と異なり大阪府内にこれといった資産を持っていなかった。新日鉄の製鉄所跡地の堺の広大な土地を手に入れるのはチャンスと映った。
大阪府はシャープの進出を大歓迎し、2008年度以降、シャープ本体に150億円を、コーニング、大日本、凸版に計150億円の、総額300億円を補助することにした。しかし、ガラスが大きくなるにつれ製造装置は巨大化し、設備投資額は飛躍的に上昇し、もはや知恵や技術ではなく、体力勝負になっていた。
止まらない円高、ウォン安
その年の秋、リーマン・ショックが襲った。経済危機のなか欧米が思い切った金融緩和をするのに対し、日本銀行は緩和を渋り、円だけが高止まった。皮肉なことに町田が自らの功績を自賛した『オンリーワンは創意である』(文春新書)を上梓した2008年9月をピークにシャープの経営は急激に暗転していった。
シャープは2009年3月期に上場以来初の赤字に転落し、以来、巨額赤字を相次いで計上するようになった。あれほど技術流出に神経をとがらせていたのに、古くなった亀山工場の第6世代の液晶パネルの生産設備を南京中電熊猫信息産業集団(CECパンダ)に売り渡さざるを得ないほど追い込まれてしまった。
世界初の第10世代の堺工場は2009年10月の稼働開始とともに赤字を垂れ流すようになった。2期工事まで完成するとコストダウンが図れるのだが、1期工事だけで生産を始めたので、その効果が見込めなかった。
しかも、1ドル=115円のときに検討を開始した工場は、95円程度の円高ならば十分競争力を得られると想定していたものの、79円にまで円高が進むと、もはや持ちこたえられなかった。
町田はそこを問題視していた。「リーマン前の2008年まで絶好調だったんですよ」。そう言ったあと、こう続けた。「リーマンの前と後で、円は30%切り上がっているのに対して、韓国ウォンと台湾ドルは20~30%も切り下がっている。上下で60%もの為替の差が円とウォン、台湾ドルの間で生じているんですよ」

