寺から譲り受け、戦の陣中にも帯同

そんななか、一揆勢に追い詰められた家康は、難を逃れるために身を寄せた明眼寺(現在は妙源寺)で、一揆の平定を一心に祈願しました。

黒本尊が納められている増上寺の安国殿
写真提供=大本山増上寺
黒本尊が納められている増上寺の安国殿

結果として、泥沼化していた一揆側との和睦に成功。家康は、東三河のリーダーとしての地位を確立し、最強と評される武士団を率いて天下統一への道を歩むことになります。まさにピンチをチャンスに変えた出来事だったわけですが、この明眼寺の本尊が、のちに黒本尊と呼ばれることになる阿弥陀如来立像でした。

もちろん、家康も祈っていただけではなく、一揆側に提示した和議の条件を一転して反故にするなど、ぎりぎりの対応の連続だったようです。