「徘徊」の真意とは

また、普段から置き忘れが多く、探し物ばかりしている人は、その延長で徘徊が生じるかもしれません。探し回っているうちに、何を探しているのかわからなくなれば、目的なく歩き回っていると思われてしまいます。

書影
繁田雅弘『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)

何をしていたか、探していたかを忘れたからといって、それに伴って本人の不安や焦りはなくならないようです。その点がつらいところでしょう。

その気持ちを汲み取ることができれば、本人にかけるべき言葉に思い当たるのではないでしょうか。

また、場所の見当識が混乱しやすいため、自分の住まいを勘違いすることもあります。頭に浮かんでいるのは、引っ越す前の家か、結婚する前に住んでいた借家か、幼少期に育った実家か――。本人もうまく説明できないのですが、多くの場合「自宅」に帰ろうとしていると、周囲は理解するでしょう。

しかし他人の家であっても、快適であれば誰でも皆、「そこにいたい」と思うものです。反対に自宅であっても居心地が悪ければ、そこから抜け出したくなるのは当然です。

「帰りたい」という訴えの背景に存在する想いを理解する必要があります。外出を思いとどまらせるより、「居心地のいい場所」になるような工夫をすべきです。

注意すべき“タイミング”がある

冠婚葬祭や家族の行事などが、徘徊を誘発することもあります。

家中が準備でせわしないと、本人もじっとしていてはいけないように感じるかもしれません。もし行事が予定されているのであれば、家族間で、認知症の人に向けた説明を申し合わせておくとよいでしょう。

お葬式
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです

「今日は、太郎君の結婚式だから、9時に出かけよう」などと、わかりやすい表現で、聞かれるたびに、落ち着いて伝えるのです。

家族によって言うことが違ったり、忙しい中で何度も聞かれるからといって、「さっきも言ったでしょ!」などと怒ったりすれば、混乱するのも無理はありません。

情緒的な不安定さは、家族の気持ちの反映でもあることを忘れてはならないと思います。