施設は可哀想ではない

「ある程度の規模の病院には医療ソーシャルワーカーが常駐していますが、医療や介護の現場は多忙です。すべての情報をこと細かく教えてくれるとは限りません。なので、可能な範囲で、高齢者医療や介護の周辺情報を調べてみることをお勧めします。知らない・わからない・おまかせします、では、損や後悔が生まれることに繋がりかねません。

『こんなことを言ってもいいかな』などと遠慮せず、困っていることをざっくばらんに相談すること。Kさんが医療費の負担が厳しいと包み隠さずに話したからこそ、医療ソーシャルワーカーも本腰で相談に乗ってくれたのではないでしょうか」

再び私事だが、父を7年間特養に入所させていた。それまでは母が介護を担う老々介護だったが、施設にいた方が父は安全だと思ったからだ。当初、母は「可哀想」と言っていたが、父不在の快適な生活にすぐ慣れた。父も3カ月で施設に慣れた。現実を知ったからこそ「施設は可哀想ではない」と声を大にして言える。

「実は、高齢の方だけでなく、若い世代でも『施設=可哀想な人が入るところ』という風に考えている方はいます。家族が面倒をみないのは可哀想、という発想のようですが、根底に『家族が面倒をみるべき』という思い込みがあるのかもしれません。

『育ててもらった恩返し』『同居は最高の親孝行』といった言葉は美談にされがちですが、家族だけで何とかしなければ、と思わせる危険性をはらんでいると思います」

自分の介護はプロに任せてOK

孝行や恩返しという情の部分は脇に置いて、自分にできること・できないことを整理する。これは親も子も同じ。

太田差惠子『ひとりでも大丈夫! 私らしく生きるための「自分介護」』(PHP研究所)
太田差惠子『ひとりでも大丈夫! 私らしく生きるための「自分介護」』(PHP研究所)

「『親の介護は子の義務。自分の人生は我慢するしかない』と考える人もいます。しかし、それは思い違いです。確かに、子には親に対し『扶養義務』はありますが、主に経済面での支援を指しています。しかも、未成年の子を監護教育する生活保持義務と違い、親に対しては『自分たちの生活を維持した上で、かつ親の面倒をみるだけのゆとりがある場合に生じる』とされています。生活扶助義務ですね。できることを、できる範囲ですればいいのであって、介護義務はありません。

子の立場の人は、『家族だけで何とかしなければ』と思い詰めることをやめましょう。プロの手を借りることは、何も介護を放棄することではありません。一方、親の立場の人は、子に対し、『あなたは、あなたの人生を大切にしなさい』と伝えることから始めましょう。そして可能な範囲で自分介護を。子に伝えておかないと、いつか『おふくろのため』と仕事を辞めて戻ってきてしまうかもしれませんよ。それは、親子双方にとって、良い結果を生まないのではないでしょうか」

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