本当に初対面で勝海舟を斬るつもりだった?
龍馬が、土佐、薩摩、長州、幕府その他、さまざまな勢力の人々と幅広く関わっていたことは事実だ。土佐藩の郷士の子に生まれた龍馬は、江戸に剣術修業に来たところでペリー来航直後の幕府の混乱を目の当たりにする。
一度土佐に戻って親類の武市半平太(武市瑞山)が結成した土佐勤王党に関わるが、剣術修業の名目で再び江戸に向かい、実質的な脱藩者となりながら、長州藩の久坂玄瑞や高杉晋作ら勤皇の志士たちと知り合う。
幕府内で開国派の有力者だった勝海舟を斬るつもりで訪ねたところ、海外情勢をじっくりと聞かされ、考えを改めて勝に弟子入りしたというエピソードは、勝自身も書き残している。実際には、このときは松平春嶽の仲介を受けた正式な訪問だった。勝は自分の体験をおもしろおかしく盛る人物だったらしいので、実際はもっと穏当な面会だった可能性も高い。
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