「少しでもいいから、働き続けた方がいい。できれば、(定年後も)同じ仕事を続けるのが一番ですよ。ゼロから覚え直す必要がないから。あとは勉強したり、新聞を読んだり。とにかく、前向きに動き続けることですよね」
そこへ、傍で聞いていた潤子さんが、ハツラツとした声で言い添えた。
「老後が不安だ、嫌だって言ったってさ、やっぱり努力しないとね。精一杯生きていれば、そんな不安もへったくれもないでしょ。老後の不安だなんて、あんまり考えたことないよね」
「そう」と北原さんは頷く。
「だからね、振り返ってみたら『あれ、俺歳取ってんな』って気づくの。いやだね。自分ではそう思ってないんだもん(笑)」
この二人は「老後」を意識する暇もないほど、実直に仕事に向き合ってきたのだろう。「老後の不安」は人によって違うし、解消する方法も異なる。ただ、目の前で笑い合うこの二人の姿は、紛れもなく一つの答えだと感じられた。
100歳まで店に立ち続ける
「うちの親父はね、100歳まで店に立ち続けたんですよ」
創業者である先代は、晩年はパンを作ることはできなくなっていたが、店の片隅に座って、訪れるお客さんと言葉を交わしていた。人との会話が、何より生きがいだったのだろう。北原さんはその背中を間近で見てきたからこそ、「辞める」という選択肢が頭の片隅にも浮かばないのかもしれない。
「一生懸命働いてさ、お客さんにエネルギーもらってさ、100歳までがんばれるよ」
笑いながらそう言い切った顔に、迷いはなかった。今夜も街が寝静まった頃、作業場の明かりが静かに灯る。


