家族の配給・住居・進学が「連帯責任」になる
そんな優秀な理数系人材は、国家から好待遇を受けているのだろうか。
MSMT報告書は、IT労働者チームには管理者が置かれ、必要な本人確認書類や決済口座の確保、ノルマ達成の管理を担うと説明する。北朝鮮国家保衛省が海外労働者の思想統制や脱北抑止に関与する場合もあるとされる。
海外に派遣されたIT労働者は、単身で自由に暮らしているわけではない。複数人で同居し、生活そのものが管理者の監視下に置かれる。パスポートは管理者が預かり、外出・通信・送金の経路はすべて把握される。これは各国の脱北者証言や複数の制裁監視報告で繰り返し指摘されてきた構造である。
ノルマ未達が続けば、本人の処分だけでは済まない。連帯責任として、本国に残る家族の配給・住居・進学が影響を受ける場合があるとされる。海外で月160万円を稼ぐエリートの「自由度」は、本国の家族を人質に取られている限りでしか成立しない。
彼らは自由な起業家ではない。ノルマを達成できるかどうか、所属組織にいくら上納できるか、家族にどのような影響が及ぶかを常に意識せざるを得ない。成果が上がれば特権を得る可能性がある一方、失敗や離脱は本人だけでなく周囲に波及しうる。
国家に選ばれた技能労働者であるほど、その能力は国家に回収される。ここに、北朝鮮ハッカーの怖さがある。犯罪の巧妙さだけではなく、人間の才能を国家が管理し、収益化する仕組みそのものが恐ろしい。
彼らの海外での就業環境は、逃げ道の広さを意味しない。むしろ、重要な外貨獲得要員であるほど、監視は強まりやすい。生活の改善、家族への恩恵、海外との接点は、本人を体制につなぎ留める鎖にもなる。高収入のエリートという見方だけでは、この拘束性を見落とす。
482億円相当の暗号資産を奪った集団の正体
この問題は、遠い国のハッカー集団だけの話ではない。日本最大級の暗号資産流出事件も、その収益網の一部だった。
2024年12月24日に警察庁が公表した資料によれば、警察庁は米連邦捜査局(FBI)や米国防総省サイバー犯罪センター(DC3)とともに、2024年5月にDMM Bitcoinから約482億円相当の暗号資産が窃取された事案について、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」の関与を特定した。
2025年1月14日に公表された日米韓共同声明によると、北朝鮮のサイバー計画が国際金融システムの健全性と安定性に重大な脅威をもたらすとし、DMM Bitcoin、Upbit、Rain Managementなどの暗号資産窃取事案の実行犯を北朝鮮系グループだとしている。暗号資産の流出は、取引所だけの損失では終わらない。国家の資金源となり、制裁を回避するルートに組み込まれる。
北朝鮮の「海外IT労働者」は日本にも関係している。
普通の業務委託サイトでフリーランスに発注した相手が、実は身元を偽った北朝鮮IT労働者だった。そんな事例が米国では多数報告されている。報酬として支払った日本円が暗号資産に換えられ、北朝鮮の核・ミサイル開発の資金になる経路は、もはや想定上の話ではない。

