手取りは1割以下
まず、具体的にはどのような手口なのか。米司法省が2025年6月30日に公表した摘発資料によれば、北朝鮮のIT労働者は中国・ロシア・ラオスなどに拠点を置き、盗用または偽造した欧米人の身元と履歴書を使って、企業の採用ルートやフリーランスサイトでリモート職に応募する。
雇用主から郵送される業務パソコンは、欧米の協力者が住所を提供し、1カ所に集められる。こうした手法は「ラップトップファーム」と呼ばれるが、協力者の自宅に集められたPCを、北朝鮮IT労働者がVPN経由で遠隔操作することで「現地勤務」を偽装している。
報酬は暗号資産や代理口座を通じて北朝鮮政府に流れ、米財務省が2026年3月12日に公表した制裁発表は、このスキームによる収益が2024年だけで約8億ドル(約1280億円)にのぼると試算している。
稼いだ金はどこへ消えるのか
では、残り90〜95%は、どこへ消えるのか。MSMT報告書を読み解くと、その流れは段階的に見える。まず政府への取り分が一定額。次に、所属組織への上納金、海外で働くための本人確認書類や決済口座を用意する協力者への支払い、上司への分配、生活拠点の家賃、本人の生活費。
これらをすべて差し引いた残りが、ようやく本人の手元に届く。「月160万円」という数字は入り口でしかなく、出口にあるのは1割の手取りだけ、というのが報告書の示す現実である。
国家、党、軍、関連機関の管理下で外貨獲得の任務を負う要員という点で、彼らは「国家の仕事」としてこの業務に組み込まれている。自由に働いて自由に稼ぐ専門職ではなく、上に管理者がいて、下にノルマがある。「犯罪業務」の怖さは、違法行為の巧妙さよりも、国家が業務として収益を回収する構造にある。
この違いを曖昧にすると、問題の核心を見誤る。高い収入を得る若者の成功物語ではなく、国家が個人の技能を外貨に変換し、その外貨をさらに国家目的へ吸い上げる仕組みである。本人の生活が一般労働者より恵まれる場合があっても、その恵まれ方は自由市場の報酬ではなく、国家への貢献度に応じた待遇に近い。

