大人世代に求められる「埋め合わせ」
先輩世代の皆さんは、コロナ直撃世代の皆さんに対しては――かれらがコロナ騒動のなかで自分たちの大事な準備期間を犠牲にしてくれたことへの敬意と感謝として――ちゃんと埋め合わせをするべきだろう。「一人前になるための準備期間」が、学生時代までに終えられず社会人にズレ込んでしまったのだから、皆さんがかれらに本来の「準備期間」で得られるはずだったものを補填してあげるべきではないか。
具体的にいうと「使い物にならねーなコイツ」と早々に見限って突き放すのではなく、実年齢に対しておおよそ「7掛け(≒3割引き)」くらいの心身の成熟度であると見越してコミュニケーションをするべきだということだ。たとえば22~23歳の大卒新社会人は、だいたい成熟度でいえばひと昔前の16歳くらいの仕上がりであるといった想定だ。
念のため強調しておくが、けっして冗談や茶化しで言っているわけではないし、若い人たちへの誹謗で言っているわけでもない。いたって真剣に述べている。私たちが生み出した「外出自粛」という壮大な社会実験は、本当にそれくらい大きな禍根をこの社会に、若い世代に残してしまったのだ。
今の若者にはポテンシャルがある
Z世代の皆さんはおそらく、ゆとり世代や氷河期世代といった現在の日本社会のメインの「稼ぎ頭」となっている世代よりもポテンシャル的には優秀で伸び代もあるはずだ。AIをはじめ最新のテクノロジーに親しんでいた人たちは、そうしたテクノロジーが働いている途中にやってきた世代よりも新しい価値を創造する力を持っているともいえる。
そのポテンシャルをなかなか発揮できない状態にしてしまったのは、ほかでもない私たち先輩世代だ。若者が根性なし? すぐ飛ぶ? すぐ拗ねる? すぐ逃げる? だからなんだというのか。そうなるようにしたのは私たちなのだ。私たちがかれらに付き合わせた社会実験の結果でしかない。
4月をどうにか耐え抜いたコロナ直撃世代の若者たちでも、ゴールデンウィーク明けの日常と直面し、さすがに心が疲弊しているだろう。社会人生活はクソだし、東京の満員電車はさらにクソだから仕方ない。皆さんはかれらを「そんなんで折れるような奴はいらない」というのではなく、かれらについて「得られるはずだった準備期間が後ろにずれこんでしまっただけだ」と考え、いまよりもう少しだけ、やさしく、見守り、支えてあげてほしい。これはもう二度と戻らない時間への埋め合わせであり、もっと大げさにいえば“つぐない”である。


