「社会性」を養う機会を失っていた

いま諸先輩方の視界に「社会人として基本的なこと、いやそれどころか、人間としての基本的なスキルすらままならないザンネンな奴ら」として現れている人びとは、なりたくてそうなったわけではない。むしろ先輩方の要望に粛々と応え、自分たちの大切な時間を「自粛」に費やしてきた人びとなのだ。かれらは「世間からの言いつけをそのとおりに履行した」人たちだからこそ、中学や高校や大学の「準備期間」を、ひと昔前ほどの密度で送ることができず、文字どおり「準備不足」で世に輩出されることになった。

外出はおろか部活や修学旅行すら「自粛」のうねりに呑まれていったコロナ騒動のさなか、私はこのプレジデントオンラインをはじめメディアの各所で「若い人たちは、大人の言うことなんか真に受けず、どんどん旅行に行ったり、仲間とつるんで遊んだり、課外活動を楽しむべきだ」と呼びかけていた。

私が当時なぜそう呼びかけていたかというと、従順に“言いつけ”を守ってそういうことをしなかったせいで「楽しい思い出づくり」はもちろん「社会性の涵養」ができなかったとしても、社会や世間や大人たちはなにも責任を取ったりしないことはわかっていたからだ。コロナ騒動が終われば、自分たちが子どもたちに求めて、押しつけてきた負担などまるで最初から何もなかったかのようにほっかむりして、そうして他人事みたく「最近の若者ってヤバくね?」と突き放すに違いないと最初からわかっていたからだ。