今の若手社員にはどんな傾向があるのか。文筆家の御田寺圭さんは「高校時代や大学時代の多くがコロナ禍だった世代が社会人となっている。年齢相応の社会人適性を養う期間に、十分な経験ができなかった世代である」という――。
日本での就職活動のイメージ
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コロナ直撃世代が「新卒」になった

「満員電車が嫌で新人が辞めてしまった」
「OJTをやっている最中に退職してしまった」

――こんな話題がSNSで波紋を呼んでいた。

いま新社会人として世に送り出されているのはいわゆるZ世代と呼ばれる若者たちで、なかでもここ数年は「コロナ禍」のなかで学生時代を過ごした“コロナ直撃世代”にあたる。

かれらが社会人の仲間入りをして数年が経つが、各所の諸先輩方からは「これまでの常識がまったく通用しない」といった悲痛な声が以前よりも上がっていて、とくに昨年や今年の、高校時代/大学時代のほぼすべてがコロナ禍と重なっていた世代の社会人デビューにより、その声は最高潮に達している。満員電車がつらくて辞めるならまだましで、初週のOJT中に、場合によっては入社初日の午前中で辞めてしまったというケースもあるという。

堪え性がなく、集団行動が苦手で、コミュニケーションも拙く、TPOの判断が不適格で、ビジネスパーソンとしての礼儀作法を知らず、フィードバックを受けたら泣き出しそうなほどショックを受けたり不貞腐れたりしてしまう――そんなネガティブな評判ばかりが聞こえてくる今日この頃だが、しかしながら私はそうした特徴を「かれら自身のせい」であると自己責任として片づけてしまうことには異議を申し立てたい。

中高生の「数年」と大人の「数年」は違う

なぜならかれらは、社会人の先輩方が期待するような「年齢相応の社会人適性」を涵養するべき大事な時期を、先に大人になった人びとのコンセンサスによって生み出された「新しい生活様式」とやらで棒に振った(振らされた)人たちだからだ。

はっきり言明しておくが、中高年にとっての数年と、中高生にとっての数年では、その「重み」は雲泥の差だ。オジサンやオバサンからすれば数年などふっと気づけば経過しているくらい飛ぶように軽いものかもしれないが、中高生の数年はそうではない。脳も心も身体も認知も社会性もメキメキと急激に成長する(べき)大切な時期であり、ここで現代人としての「地力」をつけなければならない、本当に本当に重要な準備期間だからだ。

この大切な準備期間に、たとえば通常なら同世代の仲間や目上の人と関わったり、自分の知らない場所にいって見分を深めたり、スポーツや課外活動によって集団生活や競争を学んだり、バイトや職業体験をして働くことの基本的なプリンシプルを学んだりしていたわけだが、かれらはそうした営みのほとんどを「感染が広がって迷惑だからやめろ」「大切な人を死なせてもよいのか」と社会から半ば脅され、抑制されていたことを忘れてはいけない。