「自公よりマシ」「左翼嫌いの希望」

躍進の気配があった参政党の選挙にあって、公示日のこうした「失言」は報道を過熱させた。参政党の名前が連日のように新聞やワイドショーを騒がせることになり、それまで知らなかった層にもその名が届くようになった。まともな人は冷ややかだっただろうが、思想が近い人がどんどん参政党を知るようになっていた。

そういう人たちがこぞって見るYouTubeやTikTokのショート動画などでは、神谷や吉川らが怒鳴っているような「熱い」演説が、うまく切り取られてさらに拡がるようになった。参政党の実態は度外視して、既得権益や古い政治と戦うようなイメージに酔う人が増え始めていたのだった。

当然「日本人ファースト」という差別を煽るような演説に、抗議をする人たちもいた。その抗議者を口汚く罵る参政党支持者らしき若者の動画が拡散されていたが、私はそれを見て驚いた。

のちにその若者は参政党支持者ではなく、「左翼嫌い」的な人だったと分かったのだが、そのような対立の動画をきっかけのようにして、参政党の演説の場所では抗議者と支持者の小競り合いが多発することになっていった。

以前までは、例えば黒川らが襲撃していた頃などは、参政党の味方をしていたのは穏やかな中高年ばかりだった。党スタッフが必死で耐えて黙々と鎮圧していた中で、聴衆の方からそれに加勢して黒川らに強い言葉を浴びせる人がいても「やめろやめろ、相手にするな」「同レベルになるぞ」などと周囲が必ず諫めていた(その結果、黒川らはやりたい放題になったわけだが)。

それが25年の参院選から、参政党の支持者層は以前までと明らかに変わった。

支持者ばかりの平穏な中で反ワクチンを叫ぶような雰囲気がなくなって、党の理念などにはあまりこだわらず、「反ワクとか分からないけど自公よりはマシ」といった考えで支持に回る人が増えていた。参政党がじわじわと「左翼嫌い」の方々にとっての希望になっていったことが分かった。

大阪の商店街で大人気の議員も合流

参政党にとって救世主となったのが、維新の会を離党した梅村だった。

前述のように梅村が加入したおかげで党所属国会議員が5人になり、参政党はメディアの要件を満たして党首討論などに呼ばれるようになった。このことから、党員の間で彼女は「7つ目のドラゴンボール」と言われていたのだとか(5人目だっつってんだろ)。

梅村は参院選には比例で立ち、大阪では同選挙区の候補者の宮出ちさと(のちに当選)を連れて街宣を続けていたが、その選挙運動の様子を見ていた大阪の記者から私の所に「これは手強いと思います」と連絡が入った。

梅村の地元関西での有権者からのウケは途轍もないものがあるのだとか。商店街で握手をして回れば必ず大阪のおばちゃんに囲まれ、親しげな笑顔の輪ができていたそうだ。

そんな梅村は、それまで「アンチは無視しろ」だった参政党の不文律を全てぶち壊した。参院選の「ラストサンデー」となった7月13日、練馬駅前のバスロータリーを占拠して梅村に加えて、松田学、さや、こちらも参院選の候補者だった山中泉が演説に立った。参政党に「差別反対」と抗議する方々が数名いたことに対し、梅村が「拍手しましょう!」などと言って聴衆を煽ったのだ。

その場では参政党支持が圧倒的多数だったため、胸くそ悪いイジメの構図のようだった。

勝ち気な性格もあるのだろうか、その後も梅村だけが抗議者を指さしては聴衆煽りをするのが恒例のようになっていた。

黒川の妨害が全盛だった頃からは考えられない。おとなしそうなおじいちゃんおばあちゃんたちが支えてきた参政党の平穏はもう戻ってこないのかもしれない。

参政党の街頭演説
参政党の街頭演説(写真=赤羽霧/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons