AIが経済を動かし、戦争を変え、国家の形すら揺るがしている。米中に大きく出遅れた日本には何ができるのか。ジャーナリストの船橋洋一氏が敗因と突破口を語った。

「人間が主役」の歴史は終わりつつある

AIは、人間にとってそれこそ“歴史の終焉”になるかもしれません。『サピエンス全史』などの著作で有名な歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、AIの台頭で「人間が主役であった歴史が幕を閉じる」と指摘しました。

船橋洋一著『戦後敗戦』実業之日本社 本体2800円+税
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これまでの発明が人間の力を増幅する道具だったのに対し、AIは自ら判断し、新しいアイデアを生み出していく。仕事が便利になり、人の職が奪われるといった次元には収まりません。AIは、国家のあり方とパワーの性格と国際政治の力学をも変えようとしています。AIが文明を形づくり、「国々の興亡」を決する時代が来るのです。

このことを早くから見抜いていたのが、米国の元国務長官ヘンリー・キッシンジャーでした。彼はグーグル元CEOのエリック・シュミットらとの共著において、AIを用いたドローン兵器や偽情報の拡散による認知戦などに言及し、AIの軍事利用がもはや不可避であること、そしてその恐ろしい意味合いに警告を発していました。

ドローンの破壊力はすでにウクライナやイランの戦場で証明されています。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシア軍の死傷者数は2026年3月だけで約3万5000人にのぼり、侵攻開始以来最多を記録しましたが、その96%がドローンによるものです。これらのドローンを動かすのはまさにAIであり、そのアルゴリズムは日々アップデートされています。

キッシンジャーは、「他国がAIを使う以上、自国も使わなければ敗北するという切迫感が政治指導者たちの不安を煽り、早まった先制攻撃や意図しないエスカレーションを引き起こす」と述べ、AIがもたらす軍拡競争の危険と抑止力構築の難しさを指摘しました。

この文脈で注視すべきは中国です。インターネットを統制の道具として使いこなし、グローバル時代の中でも一党独裁を維持している中国は、AIを統治と政治工作の道具として利用することをためらいません。彼らが見据えているのは、14億人以上の国民をリアルタイムで監視し、制御できる管理社会の完成です。

25年9月〜10月に人民日報に掲載された論文〈8回連載〉では、それまでの14回の五カ年計画によって「中国の発展計画は長期的な安定性が保たれ、一貫して継続的に推進されてきた」ことが讃えられ、「中国の未来は完全に予測可能である」と謳われています。

もっとも、中国といえども「完全に予測可能」な未来を手にすることはできないでしょう。どれほどAIを使っても人間は予測しきれない存在だからです。ただ、AIは中国の政治体制に奉仕するために生まれてきたような技術でもある。中国の一党独裁政治体制は人民を信じない。人民も体制を信じない。新型コロナ危機で、その不信の構造が露わになりました。

こんな話があります。ある危機管理の専門家が、中国の研究者に「中国にとって最大の脅威は何ですか」と尋ねた。返ってきた答えは、「人民です」だったそうです。どんな危機に直面しようが、党指導部にとっては人民のコントロールを失うことが最大のリスクである。問題は、人民への不信感に駆られた指導者が、危機のときにパニックに陥る可能性があるという点にあります。

そういう人間不信の政治体制とパラノイア的な政治指導者がAIを使い始めたら、どうなるか。「人間は信用できない。AIしか信頼できない」となるのではないか。人間を信用できない指導者が、人間の判断を介さない戦争を始める。AIが自律的に引き金を引く。まさにキッシンジャーが恐れた最悪のシナリオです。

(構成=水嶋洋大 撮影=的野弘路)