宿命を決めるのは天でなく遺伝情報

天命はどうだろうか。同じく広辞苑には「(1)天の命令、上帝の命令。(2)天によって定められた人の宿命。天運。(3)天から与えられた寿命。天寿」とある。そうなんや、天の命令とか天寿とかの意味もあるんや、知らんかった。

けど、ふつうに使うのは「天によって定められた人の宿命」の意味だろう。遺伝性疾患の場合は、この意味があてはまると考えていいのかもしれない。ただ、何をもって「天」と言うのかという問題がある。科学的には、決めるのは天ではなくて親から受け継いだ遺伝情報なのだから。

ぐちゃぐちゃ書いたけれど、「病気は運である」と言った場合、多くの人がイメージするのは(2)の「めぐってくる吉凶の現象。幸・不幸、世の中の動きなどを支配する、人知・人力の及ばないなりゆき。まわりあわせ」だろう。もう少し詳しく考えてみよう。

遺伝性疾患の場合、天命と考えることもできるが、天などというあいまいなものを持ち出さずとも、単純に「人知・人力の及ばないなりゆき」と考えた方がしっくりくる。

最近は、自在に遺伝子を操るゲノム編集技術が進歩してきたので、人知・人力を及ばせる可能性もなくはない。しかし、たとえこういった技術を使うとしても、まずは病気ありきなのだから、そこのところは人知・人力が及ばず、どうしようもない。

大多数の病気は遺伝だけで決まらない

「氏より育ち」という言葉がある。これも広辞苑によると、「氏素姓のよさより子供から大人になる間の環境・教育が人柄に影響するところが多い」とされている。「人柄」を「病気の発症」に置き換えてみよう。その場合は「氏と育ち」ではなくて、「遺伝と環境」と言い換えることができる。

一部の遺伝性疾患を除き、遺伝だけで発症が決定づけられる病気はそれほど多くない。病気によって程度の差はあるけれど、大多数の病気は遺伝要因と環境要因の両方が関係するというのが正解だ。

こういったことを調べる時には、遺伝的にまったく同じである一卵性双生児を考えてみる、というのが、医学における常道である。一卵性双生児が同じように生活をしていても、ある病気に片方だけが罹る場合がある。

こういうふうに考えると、病気というのは、天命などではなくて、「(2)めぐってくる吉凶の現象」という言い方の方が正しそうだ。