がんを患うと「あれが原因だったのでは」と思い悩む人は多い。大阪大学名誉教授で病理学者の仲野徹さんは「“犯人捜し”は出口のない迷路。いくら悔やんでも何もいいことはない」という――。

※本稿は、仲野徹『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

医療者と患者の手
写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです

「病気は運である」と言えるか

「病気は運である」

この言葉を聞いてどう思われるだろう? その通りだという人もおられるだろうけれど、違和感があるという人の方が多そうだ。そもそも、「?」付きとはいえ自著のタイトルに「がんは運である」とつけたくらいだから、当然ながら医学的にほぼ妥当だと考えている。

「運」を広辞苑でひいてみると、「(1)天命。(2)めぐってくる吉凶の現象。幸・不幸、世の中の動きなどを支配する、人知・人力の及ばないなりゆき。まわりあわせ。(3)特に、よいめぐりあわせ。幸運」とある。

「病気は運である」という場合、まさか(3)の意味でとる人はおられまい。若年性のパーキンソン病を患い「ほんとうに大切なものを、ぼくは病気のおかげで手に入れた。だから、ぼくは自分をラッキーマンだと思うのだ」と語る、往年の名作映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主演俳優マイケル・J・フォックスのように、病気を経験することによって人生がよりよくなったり、新たな目的を見出す人がいるにはいる。しかし、どう考えても例外的ですわな。