一代で売上1兆円の王国を築いた
倒産を見据え、その後の対策を練っていた筆頭株主の新橋商事や小川らに対抗し、松田社長は最後のあがきをしようとしていた。銀行取引停止処分(事実上の倒産)が科される1980年7月15日、松田は会社更生法の適用を東京地裁に申請するのである。
前出の安部の自著によると、その直前に松田のシンパ5人が集められ申請を告げられたが、誰も賛成する者はいなかったという。外食に適用されるとは思えなかったのである。
だが、はからずもこの申請が通ってしまった。新橋商事に近い関係者は「寝耳に水だった」と振り返る。きっと小川も同じ心境だったに違いない。
吉野家には保全管理人が入り、債権者は勝手に所有権の移転ができなくなってしまった。そこで新橋商事に肩入れしていた小川は吉野家の事業から完全に離れ、冒頭で触れたようにゼンショーを創業し、一代で売上1兆円を築く王国を率いた。一方、吉野家は1987年に更生債務を全額完済し、更生計画を完了。それから5年後、安部は社長に就任した。
その後、安部の吉野家、小川のゼンショー、ともに時代の荒波を乗り越え、成長していく。とりわけ小川は企業規模を拡大し、自身もフォーブスジャパンによる2025年版「日本長者番付」の上位50人の中にランクインし(5660億円)、週刊誌などに「高卒億万長者」のひとりとして報じられたこともある。
東大出身エリートvs叩き上げ
そして昨年5~6月、吉野家HD、ゼンショーHDはそろって新社長が誕生した。
吉野家HDの社長に就いた成瀬哲也は中京大に入学すると同店舗でアルバイトを始めた。3年の時に大学を中退し社員となったので、学歴は「高卒」となる。前社長の川村泰貴会長も高卒でバイトからのスタートというキャリアで、安部から3代続いて高卒(大学を卒業していない)→バイト→社長という異色のキャリアだ。
他方、ゼンショーHDはどうか。小川賢太郎も東大中退で「高卒」となるが、新社長になった賢太郎の次男・洋平は父と同じく東大に合格し、こちらは卒業している。社長交代は1982年の創業以来初めてである。教養学部を卒業後は財務省に入省したエリートだ。といっても、「東大法学部出身が幅を利かす財務省にあってはそれほど目立つ存在ではなかった」(同省担当記者)という。ゼンショーHDには10年前に入社し、海外戦略を担当してきた。
吉野家HDの社長の経歴が店に立って牛丼を売るところから始まっている意味は非常に大きい。創業以来の味を守ることに腐心する姿勢が鮮明だ。その方針を代々の社長が愚直に貫いたことで「牛丼といえば吉野家」というブランド力を維持してきた。ゼンショーHDのすき家がトッピングによって牛丼にさまざまなバリエーションを加えているのとは対照的だ。
牛丼にそれほどこだわりが見られないゼンショーHDの原動力は2代続く東大出身らしい緻密な戦略である。まず、机上でシミュレーションして、M&A(合併・買収)によって「ココス」「ロッテリア」「なか卯」「ジョリーパスタ」など外食企業を次々に傘下に収め急成長した。
「東大DNA」vs「3代続けての叩き上げ」による牛丼対決。第二章がどう展開していくのか、目が離せない。(文中敬称略)


