向上心と主体性に溢れていた若者たち
さらに当時の若者たちのコメントを見ていこう。極めつきは、次のふたりだ。
まず、IT企業のメンテナンス部門に配属された25歳男性の話だ。
「(メンテナンス等の)保守部門は基本的に動かない。(中略)ベテランに、『私はそんなに一生懸命にやりたくないからこれでいいの。お客様には重宝されてるし。あんたは何でそんなにがんばるの?』と聞かれてしまって……。
とにかく変化が嫌いな職場で、それがつまらない。18時半には会社を出てたので楽でよかったんですけど。でも楽をするために就職したわけじゃない」
もうひとりは、都市銀行に就職し、支店で融資関連の業務に就いたという28歳女性。
「なんのために仕事をしているのかわからない。(中略)いろいろな意味で体質が古い。たとえば手続き一つにしても、こうしなきゃいけないというマニュアル集があって、それに則ってやらないと、すごく怒られる。自分で考えて、このほうが効率的だと思ってやると『マニュアルのどこに書いてあるんだ?』と言われる」
何ともインパクトがある回答結果たちだ。保守部門は安定すぎてつまらないだの、マニュアルが古すぎるだの。ものすごい向上心と主体性、そして仕事に対する熱意だ。
まさにこれらが、先輩世代が今の若者たちに求めることにつながっている。もちろんこの時代のすべて(あるいは多く)の若者たちが、こうした志を持っているとは限らない。あくまで少数に対するインタビュー結果だ。
「成長」の定義が大きく変わってきている
それでもなお、今の多くの若者たちとの価値観ギャップがいかに大きいか、おわかりいただけるだろう。特に僕が注目したいのは、当時の若者たちの成果や成長に対する貪欲さだ。今も昔も、若者たちは自分の「成長」を意識していることに違いはない。
しかし、その「成長」の定義が大きく変わってきているのだ。かつての若者たちは、明らかに「何者かになる」ことを意識した「成長」を志向している。
彼らにとっての「成長」とは、次の通りだ。
・「一生一社の時代は終わった」と言われる中で、社会の荒波に呑み込まれることなく、個として生きる強さをつちかうこと。
・同世代が溢れる「若者余り」の時代の中で、自らが望む生き方を見つけ、それを実現する力を持つこと。
・自分を「会社の型」にはめ込み、「マニュアル通りやれ」と叱る会社や上司を否定し、自分はそれ以上の成果が出せるということを証明すること。
特集記事からは、そんな当時の若者たちの想いが伝わってくる。しかし時代は、まだ力強さがあった90年代後半から、日本経済の減速が顕著になる2000年代へ移行していく。
そしてその変化をなぞるように、若者たちの行動意欲も抜け落ちていったのだ。



