手取りが最大化する年金の受給額
では、年金は一体いくら受け取るのが最も効率がよいのか。税金や社会保険料の負担を踏まえたうえで、手取り率が最大化する「黄金ライン」の存在を鳥海さんは指摘する。
「具体的な数字でいうと、年間150万〜155万円、月に換算して約12万〜13万円のラインが、最も手取りの効率がよい金額になります。このラインは、住民税非課税世帯の要件と深く結びついています」
年間155万円前後であれば、非課税の恩恵を最大限に受けつつ、各種保険料の負担も最小限に抑えられる。また、医療費の自己負担割合や、高額療養費制度の上限額が優遇されるメリットも大きい。しかしこの絶妙なバランスは、金額が少し上下するだけで簡単に崩れる。
「年金額が150万円を下回っていくと、先述した『最低保険料』の影響で手取り率がどんどん低下します。年間144万円受け取っている人も、年間96万円しか受け取っていない人も、健康保険料の最低額が仮に年6万円だとすれば、負担額は同じです。逆に年金額が170万円、180万円と増えれば、税金や社会保険料の負担が段階的に重くなり、手取りの割合は少しずつ目減りしていきます」
つまり、自然体で年金が月15万円、20万円となる人が、あえて前倒し(繰り上げ)を選択して月12万〜13万円のラインに下げるのは、税・保険料を抑える点で合理的な戦略になり得る。
だが、もともと受給額が10万円しかない人が、手元に早く現金が欲しいからと前倒しし、7万円に減らしてしまうのは、自らの首を絞める行為に他ならない。
「投資の時代」でも一定の現金貯蓄は必要
こうした罠にハマらないために何が必要か。鳥海さんがひと際強調するのが、逆説的だが「手元に十分な現金を残しておくこと」だ。国を挙げて資産運用が推奨される時代、現金の保有は非効率と思う人もいるかもしれないが、実態は異なる。
「現金を持たず、少しでも増やそうと資産の大半を運用に回すと、いざ非常事態が起きた時に身動きが取れなくなります。現金はいわば心の『お守り』です。明確な絶対基準はありませんが、生活費の半年分から2年分、出口戦略に近い世代なら、できれば3年分の現金を持っておくのが理想的だと考えています」
なぜ3年分なのか。それは金融市場のサイクルと深く関係している。
「どれほどひどい暴落や下落相場であっても、だいたい3年あれば一巡して元の水準に戻る可能性が高いからです。3年分の生活費が現金で確保できていれば、トランプショックのような不測の事態でも、慌てて目減りした資産を切り崩す必要がありません」
多額の現金を口座に寝かせるのがもったいないと感じるなら、そのうち1年分を値動きの少ない安全資産、例えばNISAを活用して元本割れリスクの低い債券型の投資信託などで運用するのもひとつの手だ。
「大切なのは、いかなる相場環境でも冷静な判断を保てるだけの防衛資金を確保しておくことです。生活基盤が安定して初めて、リスクを取った運用が可能になるのです」と鳥海さんは語る。

