「現金の余裕のなさ」が招いた「最悪の選択」

「最大の原因は、手元に『現金の余裕』がなかったことです。退職金がまとまって入ってくる前提で日々の生活費やローン返済を計画していたため、待つ選択ができなかった。手元資金がないと人間は冷静な判断力を失い、狼狽したまま目減りした退職金を受け取って想定外の資金不足に陥るのです」

預貯金が不足していると精神的な余裕が完全に失われる。「相場はいずれ回復する」と頭ではわかっていても、当座の生活費がなければ待つことはできない。

十分な蓄えがあれば受け取り時期をずらせたはずが、結果的に60代でふたたびパートや再雇用で労働市場に出ざるを得なくなってしまうのだ。

シニア男性清掃員
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繰り下げ受給で「逆に損する人」

昨今のマネー誌やウェブメディアにおいて、頻繁に目にするのが「年金は繰り下げ受給がお得」とする論調だ。受給開始を遅らせて毎月の受給額を割増しし、長生きリスクに備える理屈である。一見合理的だが、この定説に鳥海さんは異を唱える。

「結局のところ、年金を先にもらうか後にもらうかの違いでしかなく、損益の分岐点はだいたい80歳以降です。マクロな視点で見れば、無理をして受給時期を遅らせても劇的な差は生じません。むしろ注意すべきなのは、年金の手取りの割合です」

額面が増えれば、それに連動して税金や社会保険料の負担も重くなる。場合によっては、増えた額面以上に各種負担が重くのしかかる逆転現象すら起こり得るのだ。

さらに厄介なのは、複雑な制度に振り回され、「年金額が少ないから、いっそ早くもらおう」と安易に前倒しで受け取る「繰り上げ受給」を選択してしまうケースだ。ここにも残酷なトラップがあるという。

「税金に関しては、所得が一定ラインを下回ればゼロになります。しかし、健康保険料と介護保険料には『最低保険料』が設定されています。つまり、収入である年金がいくら少なかろうとも、引かれる保険料は一定額から絶対に下がらない仕組みなのです」

年金額がもともと少ない人が繰り下げ受給をしてさらに額面を減らしても、天引きされる保険料の絶対額が変わらなければどうなるか。引かれる割合が相対的に大きくなり、手取り率が著しく悪化してしまうのだ。