人間は生身では空を飛べないけれど…

ただし、残念ながら私たちは、どんな能力を持っているのか知りません。生まれながらに発揮される能力もありますが、ただスイッチが切れているだけの能力もあります。

そして、自分の能力であるにもかかわらず、そのスイッチがどこにあるのかさえも知らないのです。

やってみることによってスイッチが入るかもしれませんし、やってみても、もともとスイッチがないかもしれません。

結局のところ、やってみないとわからないのです。

そのため、私たちには「ムダな努力」も必要です。

遺伝子に書かれていない能力は、どんなに努力してもスイッチが入ることはありません。どんなに望んでも、どんなに努力しても、ないものはないのです。

たとえば、私たちはどんなに努力しても道具なしに空を飛ぶことはできません。

「努力は報われない」と言いますが、努力して、何度、崖から飛び出したとしても、空を飛べるようにはなりません。人間は生身では、空を飛ぶ能力を持っていないのです。

鳥たちのヒナは飛ぶ練習をしますが、どのヒナも最後には飛ぶことができます。飛ぶことのできない鳥はいません。

トンボやハエは誰に教わらなくても簡単に飛び回ります。

彼らは、飛ぶ能力を持っているのです。

「努力=スイッチを探す作業」

私たちは、他の生き物に比べると、とても器用でさまざまなことができます。しかし、できることと、できないことはあります。得意なことと、苦手なことはあります。それらのすべてを努力によって克服することはできないのです。

私たちは自分たちが飛べないことは知っています。

しかし、他の能力はわかりません。

何ともやっかいなことに、私たちにとって、「ムダな努力であるかどうか」は、やってみないとわからないのです。

そうだとすると、後から考えてみると「ムダな努力」だったとしても、まずはやるしかありません。

しかし、その努力によって「できないこと」を確認できたとすれば、それはムダではありません。

努力とは、スイッチを探す作業なのです。