中卒と大卒の生涯収入の差は数千万円以上

この学歴の差は、当然ながら社会に出てからの「所得格差」に直結します。著者のグループが2014年に行った研究では、日本におけるこの経済的損失を具体的に計算しています。

当時の推計では、最終学歴が中学校卒業と大学卒業では、生涯収入に数千万円単位の差が生じることが示されました。実際、先ほどの大学卒業者についての調査でも、ACEsスコアが高いグループは、世帯年収が400万円未満の割合が有意に高く、経済的に不安定な状況にあることが確認されています。

ACEsは、逆境による脳機能への負荷(集中困難、メンタル不調)→学業の中断・低学歴→不安定雇用・低所得というドミノ倒しを引き起こします。これが、「貧困が貧困を生む」と言われるメカニズムの正体の1つです。

貧困家庭で育つことは、ACEsのリスクを高め、そのACEsが子どもの将来の稼ぐ力を奪い、再び貧困を生み出す。この「貧困とACEsの悪循環」こそが、データが明らかにした社会構造の病理です。

「学歴、年収の低い人=努力不足」ではない

このデータを知ったうえで、私たちは社会をどう見るべきでしょうか。

経済的に困窮している人や、学歴が低い人に対して、「本人の努力が足りなかったからだ」と断じるのは、科学的に不正確であり、不公平です。

彼らを取り巻く状況は、背中に「ACEs」という見えない重い荷物を背負わされながら、必死に走ってきた結果かもしれないのです。

この問題は、単に金銭的支援をすれば解決するというものではありません。

問題の根底にある「学習や就労を阻害するACEsの影響」に目を向け、心と体の回復を支える教育的・心理的サポートの提供とともに、社会全体で環境を調整するマクロ政策が、負の連鎖を断ち切るための最も論理的な投資となるはずです。