日本語にならっての韓国語の近代語化

では、15世紀に創られたハングルとは何だったのでしょうか。実は、ハングルは朝鮮半島の一般の人々が話す言葉として創り出されたものではありませんでした。ハングルは、1443年に李朝第4代の世宗セジョンがモンゴルのパクパ文字を基礎として創り出したもので、訓民正音と言われましたが、訓民正音とは「民に正しい音をおしえる」という意味です。

当時、人間の発する音声は単なる音ではなく万物の真理が込められていると考えられていたことから、儒教を国教とした李朝が、漢字が読めない庶民にも儒教の漢籍を正しく発音できるようにしようとしたものだったのです。

文字を知らない庶民にも漢籍を正しく発音できるようにということから、訓民正音は、単音文字の字形を組み合わせて音節文字に仕立て上げた極めて合理的な表音文字でしたが、なにせ発音だけのための文字だったのです。

そのような訓民正音は、支配層からは卑俗な文字(諺文おんもん)として忌避されました。支配層には、中国の漢字以外の文字を使うことは蛮夷の仕業だとの華夷意識があったのです。そのために、日常のコミュニケーションで幅広く用いられるようにはなりませんでした。

ただ、そんな中でも訓民正音で日記をつけたり手紙を出したりする女性が現れ、1000種以上の訓民正音文学が生まれました。李朝末期には、合理的な文字である訓民正音を「偉大なる(ハン)・文字(グル)」とするハングル振興運動も起こりました。

そんな訓民正音が朝鮮半島で本格的に用いられるようになったのは、明治19年(1886年)に、福沢諭吉の発案により日本で鋳造したハングル活字を用いた『漢城周報』が発行されるようになってからでした。

それ以降、漢字ハングル交じりの文章が普通に用いられるようになり、日韓併合後には政府による奨励策を受けて漢字ハングル交じりの韓国語の文学が急速に発展していきました。

同時に起こったのが、日本語にならっての韓国語の近代語化でした。西欧語の影響を受けて言文一致体となった日本語の語彙や構文を大胆に取り入れて、韓国語が近代語化していったのです。

全面ハングル化による歴史との断絶

そのように、もっぱら漢字という世界から漢字ハングル交じりに一変した韓国語は、戦後の全面ハングル化でさらに一変することになります。

松元崇『武器としての日本語思考』(新潮新書)
松元崇『武器としての日本語思考』(新潮新書)

北朝鮮は1948年の建国の際に漢字を廃止して全面ハングル化し、韓国も1970年に漢字廃止を宣言して漢字教育を全廃しました。以後、しだいに新聞、雑誌、書物から漢字が消え去り、それまで漢字に支えられていた朝鮮半島の文字文化が忘れられていくことになりました。

画家で文人でもあった呉之湖オ・ジホ氏は、大学を出ても「自分の国の言葉で書かれた(昔の)新聞すらまともに読めない者など、人類の歴史上どこにも探すことができない。(中略)我が民族文化は、漢字と漢字語を基盤につくられて発展してきた。漢字を廃止することによって、数千年間続いてきた固有文化は、その伝統が断絶する」といいました。

さすがに、その弊害を憂慮した韓国政府が1999年に漢字再導入政策にかじを切りましたが、一度失われた漢字文化の復活は起こりませんでした。漢字を排斥していた間に人口の80パーセントほどが漢字を使わないハングル世代になってしまったからです。

韓国の国語学者朴光敏氏がソウルのある高校の3年生50名を調査したところ、両親の名前を漢字で書ける生徒は20名にすぎませんでした。

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