自分を相手よりも下に置くのは卑屈

「雨に降られた」のが自然現象で仕方がないというのと同じで、ある種の諦めを含んだ表現になっている。そのような表現が韓国語にはないと指摘しています。韓国語には日本語のような自分に対しての悔しいという表現もないそうです。

韓国語で「悔しい」というのは、相手の行動によって自分が不利益を被った時の相手に対する感情で、自分のおろかな行動を自省する感情を表す言葉はないというのです。

ビジネスマンの握手
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ちなみに日本語の「させていただきます」という表現は、韓国人にはとうてい理解できないのだそうです。日本人の感覚では、それは自分を相手よりも下に置いた謙虚さを表す美しい言葉ですが、韓国人の感覚では自分を相手よりも下に置くというのはとても卑屈なことで、謙虚とは違うのです。

韓国人における謙虚さは、あくまでも上にいる人から下にいる人に恵みを施すもの。だから、呉善花氏によると戦前の歴史を反省する気持ちから日本人が「支援させていただきます」などというと、そんな卑屈な表現を使う「みっともない日本人が、かつて韓国を踏みにじった」ということに耐えられなくなるのだそうです。

「主語」を使い、自分を中心に世界を認識するとそうなるのでしょう。

漢字が自国語化しなかった朝鮮半島

朝鮮半島における文字の歴史は、日本と同じく漢字の受容から始まりました。そもそも日本に漢字を伝えたのは朝鮮半島の人々でした。ただし、日本のように漢字を自国語化することはありませんでした。

7世紀末の新羅の時代に「吏読りとう」という朝鮮半島の人々の言葉を表記する方法が考案されたのですが、語彙も語順も基本的に漢文で、合間に助詞や語尾を表す漢字を送り仮名のように書き添えただけのもので、お経を読みやすくした漢文の一種のようなものでした。

経典
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高麗の時代には、「吏読」をなるべく口語に近づけて日本の漢字かな交じり文に近いものにした「郷歌ヒャンガ」というものが生まれましたが、郷歌は高麗時代の文献(11~13世紀)に25首残っているだけで、その後途絶えてしまいました。

そのような朝鮮半島における文字の歴史は、日本において初期の万葉仮名が漢文の一変種のようなものだったのが、やがて倭語の単語を意訳した漢字を倭語の語順に従って並べ、語彙も語順も日本語にして日本語化し多様な文学作品を生んでいったのとは大きく異なっています。

漢字は、一般の人々が話す言語として工夫されることはなく、中国の漢文のまま支配層が公用文や文学に用いる唯一の文字として利用され続けたのです。