学歴が本当に影響するのはどんなシーンか。学歴論の専門家である社会学者の吉川徹氏は「学歴至上主義はもはや“日本の文化”だといえる。そんな学歴が真に実効性を帯びるのは、就職でも昇進でもない、まったく別の場面だ」という――。
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学歴という「不確かなマジックワード」

ビジネスシーンでは「部長は東大を出ているから……」とか、「今度入ってきた青学の新人が……」というように、卒業した大学名が常々認識される。

学歴は、自らの能力の指標とされ、社会に出た後も終生ついて回るアイデンティティだ。人前でひけらかしはしないが、心の中では「出身大学名はステータスを見定める決め手になる」と多くの人が信じている。ビジネスキャリア上の実績や経験が重視される時代になったといわれるものの、学歴社会・日本の旧習は依然として根強い。

だが、学歴という言葉は、いくつもの意味で根拠の不確かなマジックワードだ。人々のあやふやな認識の集合体である学歴社会は、市場や法制度のようなシステムではなく、誤解と幻想の上に成り立つ虚構に他ならない。そうした危うい実情について、多くの人はなんとなく気が付いている。それでもなお、学歴は大事だという思いを捨て去るのは難しい。

今回は、新年度に改めて認識したい「学歴の正体」について紹介したい。

①「入試難易度≒学校歴ランク」は勘違い

大卒層にとって学歴といえば、どこの大学を出たかということだ。義務教育卒、高校卒、四大卒、大学院卒などの学校制度段階と区別するために、社会学では卒業した大学名を「学校歴」と呼んでいる。

この学校歴に加えて、学部・学科による区別、すなわち専攻がいわれることもある。かつては法、文、経済、理、工、医、歯、薬などの旧来の名称が過半だったが、今は、現代システム、データサイエンス、地球総合、国際人間科学など、各大学のオリジナリティを打ち出した専攻名が増えている。他方では総合科学、学際研究が奨励され、人文社会系、理工系というかつての区分は曖昧あいまいになった。

それゆえに、専攻についての一般社会の理解と評価は定まっておらず、学校歴のように序列化された地位のシンボルとはみなしにくい。「いや、医学部は別だ」というかもしれないが、医学部卒業≒医師国家資格≒メディカルドクターなので、専攻自体が認識されているというわけではない。学歴を見極める際の焦点は、ひとえに学校歴、すなわち卒業をした大学銘柄だ。

大学受験を経験した私たちは、入試難易度の競い合いこそが重要だと考える。人生で最も多感な時期を勉学に賭けるのだから無理もない。もっとも、その「ゲーム」で指標とされる大学ランキングは、民間受験産業が公表している入試難易度だ。