親の学歴は子どもの人生の出発点
さらに重要なのは、子育てにおいて父親・母親がどこの大学を出ているかということだ。現在、20代では親のどちらかが四大卒で、本人も大学進学したという大卒第二世代が数を増し、同年人口の4割を超えるようになっている。
この場合、子ども世代は、親の学校歴を下回らないことを有形無形に意識して育つ。「学歴下降回避」という傾向だ。親の学校歴は「お父さんもお母さんも立教卒だから、自分もMARCH以上じゃないと……」などというように、世代間関係の上昇、下降を見定める観点では、人生の出発点とされる。この局面において、繊細な大学銘柄の序列は、おそらく人生最大の有用性を発揮する。
壮年期にある人は、自分の学校歴をいったいいつ、どのように使ったかを振り返ってみてほしい。引き出しの奥に大切にしまい込んでいる自分の学歴が、ここぞとばかりにもてはやされた経験は、事実上は「身内の間だけだった」ということに気が付くはずだ。
学歴社会は、配偶者や次世代という親密圏において有用化と再生産がなされることで、頑健な持続可能性をもっているのだ。
⑥学歴は「学校歴文化」である
学校歴は、公的で客観的な指標ではない。またそれゆえに、人生の各局面で正当に評価されるわけでもなく、ほとんど使うことなくしまい込まれている。例えるならば、実際の対戦ゲームに使うわけではないのに、市場価値が発生して、コレクター間で売り買いされているトレーディングカードのようなものだ。
学歴社会・日本の実質は、学校歴が社会的地位を形成したり、表示したりする労働市場でのはたらきではなく、社会意識のあり方、すなわち「学校歴文化」にあるのだ。
今「wakatte.TV」に代表される、いわゆる“学歴系YouTuber”の運営するチャンネルが人気を集めている。配信されるコンテンツは、大学銘柄や入試偏差値に、学歴至上主義と言い得るほどのこだわりを示すものである。
彼らは、出身・所属大学銘柄という各人の「最重要」アイデンティティを「イジる」ような内容の配信を繰り返す。「そんな言い方をして危なくないのか」と受け手側はハラハラするが、特定個人や大学から人権侵害、名誉棄損、差別行為でかれらが告発されることはない。なぜならば、大学ランキングというものがそもそも虚構に過ぎないからである。

