親の遺産を当てにして生きていても、その前提が一瞬で崩れることがある。一体どういうことか。ブックライター・永峰英太郎さんの著書(監修=司法書士・行政書士、速水陶冶)『人はこんなことで破産してしまうのか!』(三笠書房)より、50歳男性のエピソードを紹介する――。(第4回)
豚の貯金箱と電卓、頭を抱える男性
写真=iStock.com/Nuttawan Jayawan
※写真はイメージです

母を見舞わず、葬儀でやりたい放題の末っ子

都内に住む50歳の男性は、実家(栃木県日光市)にはまったく帰省することのない放蕩ほうとう息子であった。大学を出たものの、仕事は長続きせず、転職を繰り返していた。そのため、いつもお金には苦労していた。それでも男性に焦りはなかった。心の奥底に「いつか親の遺産が手に入る」という思いがあったからだ。

実際、男性の両親は1億円を優に超える資産を持っていた。男性は末っ子で、姉と兄がいた。母親が末期がんを患ったとき、末っ子は実家に帰ることも、お見舞いに行くこともなかった。亡くなったときも、葬儀の準備を手伝うこともなく、すべてを姉たちに任せた。

それでいて葬儀中は寿司を食い散らし、酔っぱらっていた。遺骨をお墓に入れる際も、末っ子は欠席した。こうした一連の振る舞いに対し、父親は苦々しく思っていた。

その後、父親は脳梗塞を発症する。命に別条はなかったが、運動障害などの後遺症が残った。この事態に、3人の兄弟姉妹は「当番制にして、協力し合って介護をしていこう」と話し合った。末っ子も「わかった」とは言ったものの、当番の日になると、「忙しくて……」と言って、実家には帰らなかった。

「遺産は絶対に渡さない」と決めた父の執念

ある日、姉が実家に帰ると、父親は、こう告げた。「俺は、あいつ(末っ子)には遺産をやらん。冗談じゃない」こうした気持ちを父親が抱いたのは、ここまで触れてきた両親に対する不義理のほか、もう一つ大きな理由があった。末っ子は30代くらいまで、母親にお金を無心し、断られると暴力を振るっていたのだ。父親は、そのことを知らなかった。

母親が末期がんになったとき、夫に、初めて打ち明けたのだった。そこで父親は、長女と夫、夫の両親、長男と妻、妻の両親、長女の子供1人、長男の子供1人の合計10人に対して、暦年贈与をスタートさせた。暦年贈与とは、受贈者1人につき、年110万円までなら贈与税が発生しない生前贈与の仕組み。

贈与する側は、1年に何人に贈与しても構わない。受贈者は、法定相続人だけではなく、誰でもOKだ。この仕組みを使って、父親は10年にわたって、合計1億1000万円のお金を動かし、暦年贈与はストップした。