※本稿は、坂本二哉『戦慄の東大病院』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
学問研究よりも収入、就労時間が大事
数年前、ある座談会で、医療機関で研修中の若手医師たちと話す機会があり、彼らが重視していることを聞いたところ、1番目は収入の問題、2番目が就労時間だった。自分たちを指導する指導医の問題は3番目で、自分たちの今後の学問研究については話題にすら上らなかった。この座談会には東大病院の医師もいた。
彼らが目先の収入や待遇以外にほとんど興味を持っていないことを知った私は、その上昇志向のなさに驚くとともに、自分の前途を切り開こうとする情熱の欠如を感じて、これ以上ない寂寥感を抱いた。
人と会話していて侘しさを感じるのは、相手が欲得だけで人生を考える場合である。私は日本の医学の行く末に大いなる不安を抱いた。指導医について聞くと、彼らは「周囲に良い指導医がいない」と不満を述べたが、ほかの指導医を探す努力はしていなかった。
良い指導医は与えられるものではなく自ら教えを請い、ようやく得られるものなのにすぐ諦めてしまう。その安直さに驚いて「そんなことでいいの?」とたしなめると、「私たちはエリートですよ」と返され絶句した。
知的関心を失った医師に命を預けられるか
また、専門医や大学の教授になりたいかを聞くと、「専門医になると収入が増えるから取った方がいい」、「教授は勤務が厳しく雑用が多い割に給料が少ないのでなる意味がない」と答えた。
教授になれば研究費があり、やろうと思えば知的な仕事ができるという感覚、つまり学問的な関心がない。かつての東大では学位のない医師は珍しかったが、いまは学位不要論者が主流で、約8割が学位を持っていない。学問的関心がないことは大きな問題だ。
医師、研究者としての私の長い経験に照らすと、実際の医療現場に必要なのは視野の広い医師であり、医師には医学のみならず広い教養が必要だと思う。逆に言うと、非常識で知性に欠ける人物は医師に向いていない。
聖路加国際病院院長を務めた故・日野原重明先生は「医師はできるだけ広い教養を身につけるべきだ。視野の狭い人は医師に不向きで、文学、芸術、体育、なんでもござれでありたい」と私におっしゃっていた。

