雅子皇后と信子妃の共通点
何より、信子妃が愛子内親王に強い親しみを感じていることは、2022年の歌会始に寄せた信子妃の、「成人を姫宮むかへ通学にかよふ車窓の姿まぶしむ」という歌に示されている。そこには、「寛仁親王妃信子殿下には、愛子内親王殿下を、ご幼少時より深い敬意と愛情を持って見守ってこられました」という説明が加えられていた。
信子妃は、愛子内親王の母親である雅子皇后とも良好な関係を持っている。それも、2000年代はじめのほぼ同時期に、2人がメディアからのバッシングを受け、心身に不調をきたしたことが背景にある。ともに、一般の社会から皇室に嫁いだわけで、共感するところは少なくないのである。
そうした信子妃の雅子皇后との関係が、愛子内親王を娘以上、あるいは娘とは違って敬愛する背景にあるようだ。
信子妃が、娘との確執についてどのように考えているのかはよくわからない。彬子女王は、母との関係について発言することはあるが、信子妃はまったくそれがないからである。
信子妃としては、愛子内親王が自分の娘であったらよかったという、そういう思いを抱いているかもしれない。2人が談笑する姿からはそうしたことが想像される。
となれば、信子妃には果たすべき重要な役割があるはずだ。
多種多彩な人間関係を持つ妃
それは、愛子内親王に結婚相手を紹介するという役割である。信子妃は、それを果たすことができる立場にあると言えるのである。
信子妃の実兄が、現在では皇室典範改正にむけての動きの中心にある麻生太郎元首相であることはよく知られている。
しかも、彼女の母親は、戦後の日本の復興において重要な役割を果たした吉田茂元首相の三女、和子である。和子の母親は、外務大臣などを歴任した牧野伸顕伯爵の令嬢であった雪子である。さらに牧野の父は、初代内務卿で、実質的に日本で最初の首相である大久保利通だった。
信子妃の係累をたどっていけば、近代日本社会の重要な人物が数多く登場する。だからこそ、彼女は皇室に嫁ぐことができたとも言える。
現在の女性皇族の中で、外から嫁いできたのは、信子妃以外に美智子上皇后、雅子皇后、秋篠宮家の紀子妃、常陸宮家の華子妃、高円宮家の久子妃がいる。
このうち、華子妃は旧華族で伯爵家の出身である。久子妃も子爵の曾孫である。しかし、信子妃ほど、多様な人間関係を結んでいるわけではない。このことが、愛子内親王の結婚相手を探す上でかなり重要なことになってくるはずである。

