ナベツネ「金さえあればいいってもんじゃない」
もちろん、古くからいる人たちに良き時代はあったのだろうし、その功績も大きいとは思う。しかし、今や彼らは利権を守るだけの「老害」ではないか。
「伝統がそれぞれあるんであって、『金さえあればいい』ってもんじゃないよ」
渡邉オーナーには、そこまで言われた(笑)。
でも冷静に考えてほしい。伝統を重んじるあまり、赤字を垂れ流し続け、最終的に球団をつぶしてしまっては本末転倒だろう。
しかし、こちらがどのように近鉄に働きかけても、オリックスとの合併から舵を切ることはなさそうだった。僕は「買収がダメなら新たにチームを作ろう」と考え、新球団の設立に踏み切った。
同年9月、新会社「株式会社ライブドアベースボール」を設立。僕はその社長を兼任することを発表した。同時に、仙台を拠点とした新球団の構想も打ち出した。世論を味方につけている自信があったし、浅野史郎宮城県知事(当時)の支持もあった。
ところが、すべてうまくいっていると思っていた矢先、楽天の三木谷社長が参入を表明してきたのだ。楽天は当初、神戸を拠点とした球団ということだったが、仙台に変更したという。つまり、僕たちライブドア(2002年にオン・ザ・エッヂから改名)は楽天と争うことになった。
球団買収、設立を潰されて得た100億円の棚ぼた
最初に参入を表明したのは僕らだった。仙台を本拠地に選んだのも、浅野知事の承認を得たのもライブドアのほうが先だった。地元メディアの取材には積極的に対応したし、現地で飲食をするなど、仙台という地に馴染む努力もした。東北の他県にまで“遠征”して、東北密着型の球団になることも訴求した。
しかし、最終的には「老害」たちが密室で決めることになる。なんとも前時代的で、不健全な話だと思わないか?
11月2日。結果的に、新球団は「楽天」に決まった。
そもそも僕が新規参入に名乗りを上げなければ、楽天が新球団を作ることも、東北にプロ野球チームができることもなかったはずだ。だから、僕らは旧態依然としたプロ野球界に風穴を開けたのだと言える。浅野知事からは、こんな言葉をもらった。
「ライブドアがNPB(日本野球機構)を動かした。それは歴史に残ることです」
とにかく、この件でライブドアの知名度は急上昇した。日本人独特の判官贔屓という感覚も手伝って、好感度も得られた。宣伝効果でいえば100億円以上になるだろう。実際、ライブドアの株価は急上昇した。
経営者としては「試合に負けて、勝負に勝った」と捉えている。


