お客が絶えない良い飲食店の特徴とは何か。実業家の堀江貴文さんは「寿司職人もスナックのママも構造的には同じだ。何十年も握りの修業をさせるよりももっと大切なことがある」という――。

※本稿は、堀江貴文『僕が料理をする理由』(オレンジページ)の一部を再編集したものです。

寿司を握る職人
写真=iStock.com/Artit_Wongpradu
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寿司屋に修業は要らない

どんなにテクノロジーが進化しても、人間にしか担えない役割は確実に残る。そのひとつが、「コミュニケーション」だ。

会話の間合いや空気の読み合い、相手の気分を察する力――こうした非言語的なやりとりは、AIでもそれっぽくふるまうことはできるが、リアルな人間関係の中で即興的に対応するのは、いまだに難しい。

料理の世界にも、同じことが言える。

僕は以前から「寿司屋に修業は要らない」と言ってきた。これは決して職人技を否定するものではない。むしろ、料理という行為の本質を「接客」だと捉えているからこその発言である。

寿司を握る職人に求められるのは、手先の技術だけではない。目の前の相手の気分やテンションに合わせ、絶妙なタイミングで一貫を出し、その場に合わせた軽やかな一言を添える。

その仕事は、スナックのママが行っている接客と、構造的にはほとんど変わらない。料理という形で人と関わるか、酒と会話で人と関わるか――違いはそれだけだ。

料理スキルよりコミュニケーション力

実際、僕がプロデュースしている焼肉店「WAGYUMAFIA」でも、料理人としての経験よりも、コミュニケーション力のある人材を優先して採用している。

調理技術はあとから教えることができるが、人と心地よくやりとりする力は、短期間で習得できるものではないし、マニュアル化するのも難しい。

とはいえ、コミュニケーションが「属人的な才能」によってのみ支えられるかといえば、そうでもない。一定の仕組みや演出によって補うことは可能だ。

たとえば「WAGYUMAFIA」では、「いってらっしゃい」という声かけや、SNSでの写真撮影をお客さんに促す流れまでをすべてオペレーション化している。誰が対応しても、一定以上のホスピタリティーが担保されるような設計にしている。