作家と盟友になることが目標
ほかの事件を捜査していた警察にとって、担当編集者暴行はいいきっかけだった。渋る出版社や担当編集者を強引に説き伏せて被害届を出させたという。
それ以来、講談社は梶原一騎氏を切ったといわれている。その頃の梶原氏はマンガ原作者として低迷していた。だが、絶頂期だったら“排除”できただろうか。
小説家志望だった梶原氏にマンガの原作を依頼したのは牧野武朗少年マガジン初代編集長だった。
「売れっ子のマンガ家はアイディアから絵の仕上げまで一人でやっている。人間の限界を超えているから、良い作品をつくるには絵を描く人と原作を考える人を分業するのが一番いい。映画でも落語だって、他の娯楽はみな分業です」
そう説得したという。そこから「巨人の星」や「あしたのジョー」へと梶原氏の快進撃が始まった。
『マンガ文化55のキーワード』(竹内オサム・西原麻里編著=ミネルヴァ書房)にはこうある。
「一言でいってマンガ編集者は、日本以外のマンガ出版ではほとんど見られないほど作家と一体化し、『熱血共同体』とでもいいたくなる連帯感を理想としている。(中略)マンガ編集者にとって新人作家をヒットメーカーに育て、盟友的関係になることは、先達の達成した『神話』であり、目標でもある」
なによりも作者を守る姿勢
出版不況が続く中、マンガの売り上げだけは伸び続け、講談社、小学館、集英社の売り上げに占めるマンガ依存度は5割を超えるともいわれている。マンガはこれらの出版社にとって最重要部門なのである。
今や「マンガ編集者でなければ編集者にあらず」という空気が醸成され、オーナー社長でさえ口を出せない「治外法権」編集部になっているのではないか。
編集者の劣化もある。編集者の仕事は、何を置いてもマンガ家、原作者を守る、彼らが自社のグループから出ていかないようにご機嫌を取ることに費やされ、編集者が本来やるべきことを忘れてしまっているのではないだろうか。
私は、最初に配属された編集部の先輩指導社員に、初日に居酒屋につれていかれて、こういわれた。
「編集者なんて太鼓持ちみたいなもんだ」
作家や評論家先生を「ヨイショ」することが編集者のやるべきことだというのである。その後、当時の編集長に連れられて、売れっ子評論家と帝国ホテルで引き合わされた。
編集長は終始、その評論家の前で米つきバッタのようにぺこぺこしていた。だが、その評論家が帰ってしまうと、「偉そうにしてるが、あいつは……」と吐き捨てた。
私はその時から、「太鼓持ちのような編集者だけにはなるまい」と心に決めた。

