高額な先端医療の治療費を払い続けられる?
さらにiPS細胞治療承認に喜んだ多くの人が見落としがちな視点を加えたいと思います。お金の話です。
薬が保険適用されるということは(iPS細胞治療に関しては今後、国の審議を経て公的医療保険の適用の有無と価格が決定され、医療現場で使えるようになるのは早ければ2026年夏以降)、その費用を「患者個人」だけではなく「医療保険という社会全体の仕組み」でも共同で負担するということです。日本の医療費は年間約48兆円(令和6年度)。この財源の多くは、読者の皆さんが毎月払っている健康保険料と税金でまかなわれています。
1回3億円の薬だとしても、患者数が少なければ保険財政への影響はそこまで大きくありません。しかし、これまでの事例を見ると最先端医療の超高額薬、そこまででも患者数が多い病気で高価な薬が次々と承認・保険適用され続けており、医療費上昇への圧力は積み重なっています。
もう一つ見落とされがちな点があります。
iPS細胞の基礎研究には、長年にわたって国の公的資金が大規模に投入されてきました。これは海外でも同様で、最先端の医薬品技術の土台は「税金」によって作られてきた部分が大きい。それにもかかわらず、商品化された後の薬価設定において公的資金の貢献がどう反映されているかは、現時点では明確ではありません。
開発費の回収という製薬会社の論理は理解できますが、公的資金との関係を含めた価格の根拠が透明化されなければ、国民が納得した形で「高くてもしかたない」とはなりにくく、海外でも製薬会社の儲けすぎは問題視されています。
その影響はどこに表れるか。すぐ目に見える形ではありません。ただし、保険料は今以上に上がるのは必至です。地域の病院やクリニックへの診療報酬(医療機関が受け取る公的に決められたお金)が抑制される。救急医療や日常的な慢性疾患のケアに使えるお金が少なくなる。日本が誇る国民皆保険という医療制度全体が、静かに、少しずつ侵食されていく。そういう形で表れます。
実際、コロナ後に多くの医療機関が赤字で苦しむ一方、2025年の国内医薬品市場は4年連続で過去最高を記録しました。患者と向き合う医療現場が貧しくなる一方、製薬市場は拡大し製薬企業が高収益を上げ続けている。この対比は、限られた財源の配分という問題が、すでに現実のものとなっていることを示しています。
「難病だから高くて当然」論理の危うさ
iPS細胞治療の対象のような難病の薬が「高額になるのはしかたがない」という意見も理解できます。医薬品の開発には膨大なお金がかかりますし、また、薬を使う患者数が少なければ、開発費を少ない人数で割ることになり、1人あたりのコストが跳ね上がるのは事実です。
しかしこの論理を無条件に受け入れると、「まれな難病であれば高額が正当化される」という慣行が定着してしまいます。かといって高薬価を全否定すれば、難病の患者が治療の選択肢を失う。この問題は単純な賛否では語れません。
必要なのは次の3つです。
まず、価格の根拠を公開すること。開発費のどこまでが公的研究費で賄われているかを含め、なぜその価格なのかを誰にでも分かる形で示すこと。
次に、効果が出たときに支払う「成果連動型」の仕組みを取り入れること。海外ではすでに一部の薬で類似の価格調整制度が導入されており、こうした仕組みを日本の超高額薬にも本格的に広げること。
そして、新たな有効性や安全性の問題が出たときには、使える患者の範囲だけでなく、価格の妥当性も含めて迅速に見直せる体制を整えること。

