「彼の前で目を上げる者は誰もおりません」

「都では大いに評価される公方様の最大の寵臣のような殿も、信長と語る際には、顔を地につけて行うのであり、彼の前で目を上げる者は誰もおりません」

往時の主従関係においては、家臣が主君の顔を許可なく仰ぎ見て視線を合わせることは、基本的に不遜な態度であり、無作法だとされていた。そんななかでも信長はとくに、自分の絶対性を強調するあまり、家臣が彼の前で目を上げることを許さなかったということだろう。

写真=iStock.com/Josiah S
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また、この場合、「公方様の最大の寵臣のような殿」とは信長の家臣ではなく、おそらく将軍である足利義昭の家臣だと思われる。それでも信長を畏怖するあまり、面前では目を上げられず、信長も目を上げることを許さなかったのかもしれない。さらにフロイスの描写は続く。

「彼と語ることを望む、政庁になんらかの用件のある者は、彼が城から出て宮殿に下りて来るのを途上で待ち受けるのです。すなわち何びとも登城してはならぬことは厳命であり、犯すべからざる禁令で、彼は登城をごくわずかの人に許可しているに過ぎません」

山頂に登ることが許されている家臣はごくわずかで、原則、どんな用があろうと、いつ下りてくるともわからない信長を、山の途中で待つしかなかったということだ。

事実の信長は大河ドラマでは描きづらい

また、山麓の居館でもこんな具合だったという。

「信長の習慣および性格から、たとえその寵臣であっても、彼が明白な言葉で召喚したのでなければ、誰もこの宮殿の中へは入らぬのであり、彼は入った者とは外の第一の玄関から語るのであります」

よほどの重臣でも、信長から直接声をかけられないかぎり、御殿に足を踏み入れることは許されず、入ることが許された人へは、信長は離れたところから語りかけた、ということのようだ。

これらの描写から伝わるのは、信長が強く意識して演出していたのであろう、自身の他者に対する絶対性である。

岐阜城の内部の描写もさることながら、そこにおける信長の振る舞いや態度、そして、家臣や客人たちの接し方については、ほかの史料にはほとんど記されていない。それも、もっともだと思う。信長と交流があればあるほど、こうしたことは信長に忖度して書きづらかったであろうことは、容易に想像がつく。

一方、宣教師には政治上の利害関係がないうえに、ポルトガル語でなにを書こうと解読されないので、忖度する必要がなかった。したがって、基本的に信用できる描写だと考えて差し支えないだろう。

大河ドラマで、家臣たちが信長の前で目を上げず、だれも直接声を上げず、信長の一言で電光石火のごとく動く様子を描くのは、たしかに難しい。ドラマにならなくなってしまうかもしれない。だから仕方ないとは思うが、事実の信長はこれほどまで家臣に君臨し、まるで神のような絶対的な存在だったのである。

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