「地上侵攻」というネタニヤフ首相の反撃
イスラエルは人質の解放とハマスの殲滅を掲げて反撃を開始した。
まずハマスの戦闘員をガザへと押し戻した。そして同時に大規模な空爆を開始した。この事件が発生するとアメリカのバイデン大統領は直ちにイスラエルに飛んで連帯の意志を示した。またネタニヤフ首相に対して、空爆で止めてガザに地上侵攻しないようにと助言した。
ネタニヤフの返答は、イスラエル陸軍の地上侵攻というものだった。ネタニヤフに言わせると、これまでガザに対しては大規模な爆撃を三度行ったが、そのたびにハマスは立ち直ったからだ。
事実、ガザのハマスとイスラエルは、それまでにも何度も軍事衝突を繰り返した過去があった。2023年10月以降ほどの激しく長い戦闘ではなかったが。
開戦当時は、イスラエルの軍事専門家の間では2カ月もあれば、作戦は完了できるとの見方があった。だが、その目標は、現在も達成されていない。
ハマスは大きな打撃を受けたものの、殲滅されてはいない。また人質全員の解放という目標の方はほぼ達成されたが、これはイスラエルの軍事行動の成果というよりは、停戦と交渉の結果だった。
ゲリラ制圧に手を焼くイスラエル軍
確かにハマスは、大きな打撃を受けた。イスラエルは、その指導者だったヤヒヤ・シンワルを含む多くの戦闘員を殺害した。もはやイスラエルにとっての重大な軍事的な脅威ではない。
しかし、それでも、2年以上を経た今日でもハマスは依然として組織としては健在である。何度も何度もイスラエルは平定したとされる同じ難民キャンプなどへの攻撃を行っている。
たとえばガザ北部では最大の難民キャンプのジャバリアへの侵攻をイスラエルは四度も発表している。しかし、それでもゲリラの抵抗が続いた。
またガザ北部にあるベイト・ハヌーンという町から2024年12月末にエルサレム方面に向けて2発のミサイルが発射された。
イスラエル軍は、これを迎撃した。しかしながら、戦争が始まって14カ月も経った時点だった。イスラエル国境の南2000メートルちょっとのベイト・ハヌーンからのミサイル発射だった。2000メートルちょっとという距離は、日本ならば東京駅から秋葉原駅の間ほどである。しかも目標は比較的遠いエルサレムだ。
つまり大きなミサイルだった。イスラエルにとっては衝撃だった。イスラエル軍は、この町を何度も「制圧」していたはずだからだ。あるジャーナリストによると12回以上も、この町を攻撃しているのに、である。
「平定」しても「平定」しても、ハマスのゲリラが戻ってきているわけだ。イスラエル軍は、ゲリラの制圧に手を焼いている。
精強で知られるイスラエル軍の苦戦の理由は何だろうか。

