中東国際政治の7つのポイント

こうしたガザの爆発以来の中東各地での情勢の展開を、振り返っておこう。すなわち2025年末の中東の国際政治の風景を俯瞰ふかんしておく。以下が主なポイントとなる。

まず第一に、イスラエルによるガザ攻撃、第二に、攻撃が引き起こしたガザの惨状、第三に、この戦争でイスラエルが支払っているコスト、特に、同国への国際的な反発、第四にイスラエルによるヒズボラへの攻勢、第五にシリアのアサド体制の崩壊、第六にイエメンのフーシー派をめぐる動き、そして最後にイランとイスラエルとの間の戦いである。それぞれを、より詳しく語ろう。

イスラエルとイランの国旗
写真=iStock.com/Rawf8
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2023年10月7日にハマスの奇襲で戦争が始まった。この日、ハマスは多数のミサイルを発射して攻撃を始めた。イスラエル南部にハマスの部隊が侵攻した。この攻撃でイスラエル側は、1200人以上の死者を出した。また負傷者の数は、8700人だった。

このうちのかなりの人数は、実はイスラエル軍による攻撃の犠牲者だった。というのは、同軍は、ハマスの兵員がイスラエル人を拘束している場合には、同国市民の犠牲をいとわず攻撃するようにとの命令を出していたからである。

「戦争」による半世紀ぶりの人的被害

なお、ガザでの軍事衝突に関して、ここでは「戦争」と表記している。だが、こうした言葉は必ずしも正確には状況を表現していない。奇襲時における大規模な攻勢が終わってからは、ハマスは大規模な軍事作戦を行っていない。ただ単にイスラエル側の大規模かつ一方的な攻撃がある。

そしてイスラエル側は、ハマスの戦闘員ばかりでなく、多くの女性、子ども、医療関係者、援助関係者、報道関係者を殺害している。

それに対してハマス側の小規模なゲリラ的抵抗がある。ここでは、そうした軍事的な非対称性という現実を意識しながらも、記述が煩雑になるのを避けるために、あえて「戦争」という言葉を使おう。

さて、不意を突かれたイスラエルの衝撃は大きかった。自国が戦場になるというのは1948年のイスラエル成立時の第一次中東戦争以来だった。これほど大きな人的被害というのも、1973年の第四次中東戦争以来だった。

イスラエルの中心部がミサイル攻撃を受けるというのは1991年の湾岸戦争時にイラクから攻撃を受けて以来だった。軍と諜報当局は、そして政府は、国民の信頼を失った。ネタニヤフ首相の威信が失墜した。