「とにかく上げる」では打つべき手が細るだけ
春闘の賃上げ率が「5%超」と報じられる一方で、物価上昇に実質賃金が追いつかず、生活の実感はむしろ厳しさを増しています。
中小企業でも賃上げ率は4%台まで上がってきましたが、その内実は「業績が伸びたから分配する」というより、「離職を抑えるために賃上げに踏み切る」という防衛的な色合いが濃くなっています。
賃上げは、社員の暮らしに直結する一方で、会社の固定費を押し上げます。売り上げや利益が思うように伸びない局面で踏み切れば、資金繰りや投資余力に響きかねません。とはいえ、賃上げを見送れば、人材の流出や採用難につながる不安が残ります。
物価高や資源高騰に加え、賃上げは経営者に重い課題として迫っています。賃上げを会社の体力を削るばかりの消耗戦にしないために、押さえるべき論点があります。
限られた原資をどう捻出し、どこにどう配分し、社員にどう説明するか。ここを曖昧なまま「とにかく上げる」に流れると、負担だけが固定費として残り、現場の納得は得られず、打つべき手が細っていきます。私は、この納得感の欠如が、いま中小企業の賃上げをいっそう難しく見せていると考えています。
近年は人手不足に加えて、コスト増の荒波が中小企業を直撃しています。さらに、周囲の会社が賃上げに踏み切る中で「どうして自社だけ上げないのか」という圧力も重なります。業種や事業モデル、置かれた市場環境によって余力は大きく異なるにもかかわらず、賃上げが「余裕がある会社の選択」ではなく「人材を失わないための防衛」として迫られやすい条件がそろっている点に、難しさの正体があります。
職場の空気にも影響が及びます。賃上げが見えない状況が続けば、働く人の実感は「生活が楽にならない」ままです。気持ちが上向かないと、組織全体の活力も落ちやすい。退職者が出れば、残った人の業務負担が増えるという悪循環も生まれます。
人材面の悪循環は、やがて経営面にも波及します。賃上げの原資を確保しようとしても、物価高や資源高騰でコストが先に膨らみ、利益が残りにくい局面では、投資に回せる余力が限られます。
そして投資を絞れば、生産性は上がりにくく、結果として賃上げの原資も生まれにくい。会社の体力を削りながら賃上げを続けるほど、この循環は強まります。
経営者にとって厳しいのは、どの選択肢にも痛みが伴う点です。賃上げを抑えれば、人材面の不安が増す。賃上げを進めれば、資金繰りや投資余力が細る。周囲の賃上げが続くほど「自社だけ取り残されるのではないか」という焦りも生まれます。
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