誰にも告げず消えた後輩ライターM
筆者には忘れられない経験がある。30年近く前、親しく付き合い、一時は事務所を共有していた後輩ライターのMが、誰にも告げず消えてしまったのだ。
発端は、Mが仕事をしていた旅行雑誌編集部からの「締め切りを過ぎても原稿が届かず連絡も取れない。所在を知らないか」という問い合わせだった。倒れているのではないかと心配になり、Mの住むアパートの部屋を訪ねると、郵便受けが金融機関からの督促状であふれているではないか。
驚きつつ大家に鍵を借りて部屋に入ると床が見えないほどの散らかり放題。高級果物店やブランドショップの紙袋が無造作に積み上げられ、数百枚はありそうな未開封Tシャツ、高級なバッグやコートが押し入れからはみ出している。
おびただしい領収書の束には、タクシー会社のものが大量に含まれている。テーブルの上は督促状でいっぱい。サラ金だけではなく裏金融らしきものが目立つ。留守電には金融業者の罵声が残されていた。状況から考えて、浪費癖が限度を超え、借金に追われて“飛んだ”としか思えなかった。
「捜索願は出さない」「探したいならどうぞ」
行きがかり上、放置するわけにもいかず、Mの父親に連絡すると「捜索願は出さない」とまさかの返答。「探したいなら勝手にどうぞ」と突き放されてしまったが、それには理由があった。督促状などからMの借金が少なくとも数百万円に及ぶこと、本人が語っていたプロフィールにでたらめな部分が多いことにも唖然としたが、許可を得て通帳をチェックすると、古いものには毎月のように100万円単位の親からの振り込みが記録されていたのだ。
手紙が残されていたら読んでほしいと言われて開封すると、「もう親には金がありません」などの悲痛な文字が綴られていた。
Mは長年にわたって親のスネをかじりまくり、裕福だった両親はすべての財産を失ったらしい。アパートを引き払う際に会った父親は、どこかホッとしたような声で「できれば、どこかで死んでいてほしい」とまで口にした。
そのことにも驚かされたが、筆者がショックだったのは、出会ってから消えてしまうまでの数年間、親との関係や借金事情など、Mの裏側についてまったく知らなかったことだった。仕事はまじめにやっていたし、金がなくていつもピーピーしていた、はずだった。
それでも、元旅行会社勤務で添乗員などもしていた強みを生かし、旅行情報誌などで頭角を現し、忙しく海外を飛び回っていると信じていたのだ。でも、Mはピーピーなどしていなかった。親からせびった金で好きなものを買い、見栄を張った暮らしをしていた。それでも足りずに借金がかさむほどに。
捜索にあたって連絡を取った地元の友人なども、陽気で行動力のある男としてMを認識していたから、一貫してそういうキャラクターを演じていたのだろう。蒸発するほど追い込まれる前に、なぜ相談してくれなかったのかと関係者たちは嘆いたが、すべては後の祭りだった。
Mは完全に蒸発し、現在まで消息不明なままである。

