「安全神話」が崩れ「反原発」に

原発は安全だとした「神話」が大きく崩れたことで、事故後の世論は一気に「反原発」に傾いた。2012年3月末からは、毎週金曜日に首相官邸前で原発再稼働反対の抗議行動が繰り広げられていた。当時の官僚のひとりは「官邸の中まで反対運動の太鼓の音が響いた。国民の側に立った政権だという気持ちがあった我々はいたたまれない思いだった」と当時語っていた。原発ゼロという長期的な方針は、こうした国民世論に押されてのことだった。

その年の12月に解散総選挙が行われ、安倍晋三自民党が圧勝、民主党は政権を失った。「古い自民党には戻らない」とした安倍首相は、原発問題を争点にすることを極力避けた。「世界一厳しい安全基準」に合格した原発だけを再稼働させるとしたが、再稼働には時間を要した。

政府は定期的に国のエネルギー源のあり方などについて方針をまとめる「エネルギー基本計画」を公表している。自民党が政権を取り戻すと、2014年の改訂を目指して議論が始まった。

エネルギー市場のイメージ
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60年を超えて運転できるようにした

結局、2014年に閣議決定された第4次エネルギー基本計画では、それまでの基本方針だった、「安定供給」「経済効率性」「環境適合」に加え、「安全性」を最優先事項として定めた。その上で、「原子力発電への依存度を可能な限り低減する」ことを目的とすると明示した。一方で、原子力発電は重要な「ベースロード電源」であるとして、廃止の方針は修正した。

安倍首相は選挙で勝ち続け、高い支持率を維持したが、こと原発に関しては国民的な議論を巻き起こすことは避け続けた。議論をすれば国論を二分することになり、原発廃止の方向に動いていくと読んでいたのかもしれない。

だが、水面下では原発の利用促進がジワジワと復活しつつあった。事故から10年目の2021年にまとまった第6次エネルギー基本計画には、「原子力の社会的信頼の獲得と、安全確保を大前提として原子力の安定的な利用の推進」といった文言が盛り込まれた。さらに2023年5月には「GX脱炭素電源法」が成立、原則40年としてきた原発の運転期間を実質的に延長し、60年を超えて運転できるように2025年6月から法律が施行された。民主党政権時に打ち出した「運転後、40年たった原発の運転制限を徹底する」という「原則」を10年の時を経て反故にしたのだ。