3年やってダメならそのときはホームレス
戦ったうえでの敗北は戦わずに敗北するより価値がある、と北方三国志で曹操も言っていたわけだし、いま決断しなければのちのち絶対後悔するのは火を見るより明らかであり、3年やってダメならそのときはホームレスだ、という覚悟であった。
実際の退職が30歳ではなく32歳になったのは、単に貯金が少なすぎてフリーでやってゆく元手がなかったからである。
人との出会いや幸運にめぐまれ、30代で私は探検家兼作家として自立することができた。プロの書き手としてやっていくための最大の条件は、書きたいこと、やりたいことが自分の内側から次々と湧いて出てくるかどうかだ。
ライティングのテクニックなど二の次、書きたいこと、やりたいことがあれば文章はおのずと脳内から溢れ出てくるものである。幸いにして私は生来そういうタイプの人間で、30代のあいだは行動して書くということを一心不乱につづけた。
やりたいことをやりつづけただけだから、煩悩の処理に追われただけだともいえる。そんなことをしているうちに、次にやってくる40歳という区切りを意識するようになった。
人は30代で人生最高の作品をしあげることができる
では40歳をどのようにとらえていたかというと、人生最高の作品をものするリミットとしての区切りである。つまり人生最高の作品は30代の終わりにしあげることができる、いやしあげなければならないという奇妙な信念にとり憑かれていたのである。
こちらは43歳が頂点であるという持論以上にエビデンスに乏しく、はなはだ心苦しいのであるが、私のなかでは、たとえば若い頃に面白い本を書いていた作家が中年以降になると急に文章のキレがなくなるとか、おなじく20代、30代でヒット曲をがんがんうみだしていたロックバンドが突然鳴りを潜めて名前を聞かなくなる、というようなことが根拠になっていた。
無論、本や音楽の質と売れ行きは必ずしもイコールではない。年をとることで文章の切れ味をうしない本のリーダビリティーが落ちても、内容的にはむしろ深まりや味の出る書き手は少なくない、というかそれが普通だと思うし、中年となり鳴りを潜めていたロックバンドがじつは私の知らないところで活動をつづけ、年齢相応の渋い楽曲を作っていることをラジオで知った、なんてこともあった。
だから売れることと質の深さ、あるいは作品の良し悪しはイコールではないのだが、それでもやはり売れるということには年齢論的な意味があるように思う。暴論を承知のうえでいえば中年になると概して表現はつまらなくなる。

