院内喫煙所も一概に否定できない

一方、喫煙による生活上の「利益」は人それぞれです。タバコに大きな価値を感じている人もいます。すべての成人には、他人に迷惑をかけない範囲で自由に行動する権利があり、その権利は尊重されるべきだと私は考えます。

私には喫煙習慣がないため、その価値を実感したことはありませんが、喫煙する患者さんから話を聞く機会はよくありました。「仕事の合間の1本が、気持ちを整えて次に向かうための区切りになる」「朝のコーヒーと一緒にタバコを吸うのが1日の始まりの儀式みたいなもの」「食後の1本が一番の楽しみ」といった声です。

また、研修医だったころ、大学病院の病棟内には喫煙所がありました。消灯時間を過ぎても、何人かの患者さんが集い、紫煙をくゆらせながら楽しそうに語り合っていたのをよく覚えています。楽しみの限られた入院生活の中で、あの時間がささやかな潤いになっていた人もいたのでしょう。

もっとも病棟内の喫煙所では、「受動喫煙の害」という問題が避けられません。喫煙の自由は、あくまで他人に迷惑をかけない範囲で尊重されるべきものです。そうした事情から、喫煙所はやがて病院の屋外へと移され、現在では敷地内禁煙となりました。受動喫煙を完全に防げる環境が整うのであれば、院内喫煙所の存在を一概に否定すべきではないと個人的には考えています。

終末期における喫煙の利益と害

まして余命が限られた終末期の愛煙家の患者さんに対しては、「タバコぐらいは吸わせてあげたい」と感じるのが人情でしょう。

実際、緩和ケア病棟(ホスピス)の中には、原則は禁煙としつつも、例外的に少量の喫煙を黙認している施設もあります。在宅でのお看取りを支える仕組みも充実してきましたから、酸素療法をしていないのであれば、自宅で喫煙を含めた今まで通りの生活を続けながら、最期の時間を過ごすという選択も可能です。そのような場面では、「禁煙は善である」という医療者側の価値観を、患者さんに対して一方的に押し付けない姿勢がとても大切になるでしょう。

ただし、終末期とはいえ、喫煙が痰や咳を増やし、呼吸苦を悪化させることもまた事実です。「終末期には禁煙は不要」と一概に言えるわけではありません。終末期の患者さんに対する禁煙支援が、咳や息苦しさの軽減といった身体的な改善だけでなく、禁煙に成功したという体験が達成感や自己効力感をもたらして生活の質を高めた、という報告もあります。終末期における喫煙や禁煙は、画一的に決めるのではなく、患者さんごとの価値観と状況に応じて考える必要があります。