「愛していたから離婚しなかった」は幻想

これに関してはよく、なぜお市の方は離婚しなかったのか、という疑問があげられる。しかしこの当時、実家と婚家が敵対関係になったからといって、離婚することはほとんどみられない。むしろ離婚した事例のほうが、極めて珍しいのである。しかも戦国大名家レベルにおいては、離婚の事例はみられていない。

このことからすれば、この時にお市の方が離婚していないのは、至極当たり前の事態であった。小説やドラマでは、離婚しなかったことをもとに、長政との愛情や信頼関係が想像されることが多いが、それは近代的な夫婦関係をもとにした幻想にすぎない。

戦国大名家・国衆家同士の婚姻関係は、いわば国家と国家の外交関係にあたった。敵対関係になったからといって離婚したのでは、両国の外交ルートは全く存在しなくなってしまう。むしろ敵対関係になったからこそ、当主・家臣による表向きの外交ルートは断絶しても、婚姻関係による内向きの外交ルートとして機能することができるのである。

戦国時代の女性は「切り札」だった

駿河今川家と相模北条家が敵対関係にあったなか、今川家「家」妻の寿桂尼じゅけいには、娘(瑞渓院殿ずいけいいんでん)が北条氏康の妻であり、北条家とは「骨肉」関係にあることをもとに、両家の和睦を工作した(拙著『今川のおんな家長 寿桂尼』)。

奥羽伊達政宗の母保春院ほしゅんいんは、伊達家と実家の出羽最上家の抗争に際して、最上義光よしあときょうだいであることをもとに、両家の和睦の調停に乗り出していた(遠藤ゆり子『戦国時代の南奥羽社会』)。

婚姻関係の継続は、こうした親子・きょうだいの関係をもとに、外交関係を打開する根拠になっていたのであった。お市の方の場合も、同様に考えられるであろう。お市の方も長政も、離婚することなどは全く考慮することはなかったであろう。婚姻関係を継続していれば、将来における情勢の変化に対応しうる有効な権能となる、と考えていたに違いなかったであろう。

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