将軍の後見役として勢力を広げる信長

足利義昭は室町幕府将軍に就任し、信長はその後見役になった。実質的な政治的地位は、将軍を補佐する管領かんれいに匹敵するものであった。

その上洛戦にも、長政は軍事動員をうけ、足利義昭に供奉している。これは名目的には、足利義昭に供奉したものであったが、実際の軍事行動は信長によって指揮されていたので、実質的には信長の軍事指揮下におかれたのと同意であった。しかもこの時、信長は六角家を滅亡させて、その領国を併合した。それにより長政は、領国を信長の領国に挟まれるかたちにおかれたのである。

足利義昭によって再興された室町幕府において、長政がおかれていた地位については、元亀元年(1570)正月に知ることができる。信長は、幕府配下の大名・国衆に、禁裏御所きんりごしょの修造と将軍への奉公のために上洛を命じるが、そこで長政については、「京極殿(高吉)〈同浅井備前(長政)〉」と記されている(『増訂織田信長文書の研究上巻』210号)。