働かざるもの食うべからず
人生の後半戦で「働く」ことで高齢者が幸せになれる理由はいろいろと挙げられるが、突き詰めていくと、人間という生物が本能的に身につけている要素に行き着く。
聖書にも「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と記されているように、人は古代から「働く」ことに重きを置いていたわけだが、さらにさかのぼると、「働く」ことは人間の本質なのだと思わされる。
人間は集団行動をする生き物であり、集団に属する全員がつつがなく暮らせるようにという「共存」の意識と、集団の役に立っているという安心感は、生活における最大のモチベーションであり、喜びの源泉なのだ。
そこから社会が発展し、人は社会のために役立つ仕事に価値を見出すようになった。時代がいくら変わったとしても、その本質的な部分はそれほど変わらないだろう。
だからこそ現代でも、人のため、社会のために働き、誰かの役に立っている実感を得ることで、人間は幸福を覚えるようにできているのだ。
重要なのは「人のため」という心もち
たとえば、電車で席を譲ってもらったとき。私としては素直に受け入れて座りたくはないという思いから、辞退したい気持ちが湧いてくるのだが、あるとき妻に「せっかく譲ってもらったのだから、気持ちよく譲られたほうが相手のためになる」と言われ、まさにそうだと実感した。
いわゆる賃金労働ではないものの、日常生活の一場面でも「自分のため」ではなく「人のため」に行動することで、結局は幸せになれる。電車の座席の例で言うなら、譲った側も、それを受け入れた側も、「人のため」の行動だと考えれば幸福になれるわけだ。
定年後の人生では、前項でも書いたように、自分自身や会社の勝ち負けではなく、他人のため、社会のため、勝ち負けを意識せずに働けるようになる。
ぜひ世の中のために働くことで、人類が数百万年育み続けた本能の喜びを味わい、より大きな幸せをつかみ取ってほしいと願う。

