すぐにバレたチンピラ官僚の芝居
馬興瑞は政治局員である。哈爾浜工業大学教授を経て宇宙天文分野で辣腕を発揮し、軍と関係が深い国有企業「中国航天科技集団」の幹部をつとめた宇宙分野の専門家だった。中央政界に抜擢を受け、広東省副省長から深圳特別市党委員会書記、そして悪名高き陳全国の後釜としてウイグル自治区書記に栄転した。
それが突然、新疆ウイグル自治区党委書記を追われ、陳小江と交替した。12月10日から開催された「中央経済工作会議」に党政治局員であるにもかかわらず馬興瑞は欠席した。後任の陳小江は規律検査委員会畑の人間で国家民族事務局書記をつとめていた
習近平の焦りを見て忠誠度の売り込みのタイミングとばかりにチンピラ官僚が動いた。
2025年11月18日、中国外務省の劉勁松・アジア局長は日本政府高官と会談したおりに、ポケットに手を入れた傲慢な写真撮影をさせて成績を上げようとした。ところがその直後から劉は大連の日本企業を訪問し、「日本企業が中国で安心してビジネスを行えるよう願う」とメッセージを伝えている。そこであれが演技だったことはすっかりばれた。
計算され尽くした「日本下げ」
劉勁松の無礼な態度は日本人の多くから強い批判を集めただけでなく、日本のメディアも彼の「演出された」行動を非難した。「ポケット男」の演出はリハーサルさえ行われた形跡がある。
まず通訳が小声で呟くと中国語ができない金井局長は思わず前屈みになった。これが謝罪の格好に映るが、ルールを破って現場にいた中国メディアのカメラがそこをとらえ(通常、あの場所にはカメラは入らない)、日本側の了解もなく放送したのだ。さすがに日本の官房長官は記者会見で抗議した。
中国の政治工作は99%が宣伝だから、これにはもう少し深い意味がある。劉局長が着込んだ「五四青年服」だ。
劉局長はわざと「五四青年服」を着てポケットに手を入れ、この場面をメディアに撮影させ、「中国人は非常に怒っている」というメッセージを映像で流し、中国は台湾問題で妥協しないことをほのめかした。
「五四青年服」は「五四青年装」と呼ばれたもので、今の中国でそう簡単に手に入る服ではない。レトロである。
これが何を象徴しているかといえば、1919年5月4日、北京で組織された反日デモで学生が着用していた服だからだ。歴史教科書的にいえば日本の「対華21カ条」を意図的に利用して、中国人を組織化する「陰謀」があった。


