作家 森村誠一
1933年、埼玉県生まれ。青山学院大学を卒業後、9年余りのホテルマン生活を経て作家活動に入る。69年『高層の死角』で第15回江戸川乱歩賞、73年『腐蝕の構造』で第26回日本推理作家協会賞を受賞。『人間の証明』『悪魔の飽食』『新幹線殺人事件』など数多くのベストセラー作品を著し、社会派推理小説の世界で不動の地位を築く。2004年に第7回日本ミステリー文学大賞を受賞。11年『悪道』で第45回吉川英治文学賞を受賞。ミステリーを中心に歴史小説、ノンフィクションなど多岐にわたる分野で活躍。著作は380冊を超え、創始した「写真俳句」も話題を呼んでいる。写真の後ろは書家の金田石城氏が森村さんの俳句に感動して書にした屏風。
今年の1月で80歳になりましたが、40代前半の全盛期と同じぐらい仕事に追われています。どうしてこんなに忙しいのか。編集者が言うには、80になると原稿を書かない作家が多いので希少価値があるんですって。ちょっと複雑な気持ちですよ。1日の原稿執筆枚数は多いときで30枚(1枚400字)。理想的なのは20枚ぐらいのペースで書くことですね。よく生涯現役といわれますが、案外、本人は意識していません。好きこそ物の上手なれといいますけど、小説が好きなんですね。だから、小説を書かない、読まないとなると、抜け殻のようになっちゃうんじゃないかと思うんです。
心がけているのは出合いです。カフェ「ファイン・エステート」は散歩中に偶然、発見しました。自分の波長に合う店って、異性との巡り合いに似ています。通い続けてもう10年になります。この店の気に入っているところはあまり自己主張をしないところ。欲張っていないというか、目立たないのがいい。お客さんで賑やかなときもあれば森閑としているときもあって、それが刺激になる。寛いでいるときになにげなく耳にはいってくる言葉が面白く、小説に使えるなと思うこともあります。仕事部屋で仕事をしていると、空気が動かないので飽きるんです。そういうときにいそいそとやってきます。ここが開いていないとカフェ難民になってしまうんですよ。熱海のレストラン「カフェ・ド・シュマン」は隠れ家という感じが強いですね。
僕はどちらかというと草食です。そういう意味では元祖・草食系といってもいいでしょう。草食系はわりとスタミナがつかないので、適度に動物系を組み合わせる。たまにトンカツや、うなぎのかばやき、熱々の鮎の塩焼きなどをハフハフしながら食べるのもいいですね。
年代的に1番、食い意地の張っている世代ですから、ぜんぶ食べ物になぞらえちゃう。原稿の依頼にしても、断ったら僕の代わりに誰が食うかなと何人かの作家が浮かぶわけですよ。あいつには食わせたくないと。仲はいいんですよ(笑)。ですから、原稿は断りませんね。
4月から日刊ゲンダイで官能小説の連載を始めました。声をかけてくれたときはびっくりしましたよ。官能小説って30~40代の作家が中心になって書いているでしょう。どうして僕なのかと聞いたら、あなたの作品は間接話法で、表現が想像力を誘って艶っぽいと。嬉しかったですよ。若返りますね。あとは定番の刑事もののほかに『悪道』を10巻ぐらいまで書こうと思っています。それと、書けるかどうかわからないけれど、権力闘争を主軸にした源氏物語を、時間と手間をかけて書いてみたいという気持ちがありますね。