シンガーソングライター、作家 さだまさし

1952年、長崎県生まれ。73年フォークデュオ「グレープ」でメジャーデビュー。その後76年ソロデビュー、数々のヒット曲を生み出す。デビュー40周年である今年、7月にソロコンサート4000回を達成した。音楽活動以外にも、俳優、映画監督、執筆活動とマルチに活躍。近著『風に立つライオン』(幻冬舎)は87年発表の同名の楽曲が題材となっている。


 

7月に4001回目のソロコンサートをやりました。年間100回のペースを40年間続けたことになります。その間、曲を作り、歌や楽器の練習をして……。でも、バイオリンだけはもう練習したくないです。3歳から始めて、小学校高学年の頃はコンクールに出るために毎日8時間は練習しました。自分は天才だから必ずプロのバイオリニストになれると信じ、楽譜に向かっていました。中学校で上京し、本格的に勉強を始めたけれど、結局、音大の付属高校の受験に失敗。プロになるには天才の上をいく超天才でなくてはダメだとあのとき、わかりました。

いま、コンサートで少し弾くくらいなら音は出ます。でも、もう腕がダメです。弦を押さえる左手も、音をつくる右手もダメになっていることは自分がいちばんわかっている。

一方、ギターはいまも練習しています。ギターの弦を押さえていると指先の皮膚が角質化して固くなってくる。そうでないとしんどくて弾けません。けれども、バイオリンを弾くとなると、皮膚が固くなってしまったら、微妙な音程が取れなくなる。

コンサートが1カ月なくて、ギターをさわらないまま、ふと、バイオリンを弾くとめちゃくちゃ音程がいい。いやー、いい音だなあって思う。

楽器の場合は日々の練習ですけれど、小説を書くときは、書いて書いて削ります。それと、数十冊の本を読むことでしょうか。たとえば新刊の『風に立つライオン』(幻冬舎)は医師の話です。小説のなかに出てくる医師が知っていることは自分も知っていなくてはならないから、専門書を読む。小説の舞台である東アフリカのケニアについても、本を買ってきて読む。さらに、アフリカに行っていた医師に会って話を聞く。

もうひとつの舞台である東日本大震災の被災地については本だけでなく、現場に足を運んで、昔からの友人をはじめ大勢の人間に会って、話を聞きました。そうして、全体像が整理できてから、一気に書きます。この小説は夜から朝まで費やして、8日間で書き上げました。

そうそう、行きつけの店でした。

「久兵衛」は東京の寿司の本道です。長崎から上京してきて、おいしいと思ったのは寿司とそば。長崎はうどん文化ですから、そばはあまり食べません。寿司も酢飯が甘い。それに比べると、久兵衛は本物です。

もう1軒、奈良の「樫舎」は、主人と仲がいいんです。いい男で、彼について話し出すと止まらないから、話しません(笑)。いい男です。思えば、僕が小説を書くことができたのも、これまで素敵な人たちに会ってきたからです。もう、笑っちゃうくらい、人に恵まれている。いい人を知っている、いい人と話ができることが僕にとっての幸せです。