日本の新聞は海外からどう見られているのか。フランス生まれのジャーナリスト、西村カリンさんは「ニュースが簡潔に語られている一方で、『なぜ』の要素が薄いため他社の記事と酷似することが散見される。背景には新聞社の組織構造がある」という――。(第2回)

※本稿は、『日本 「完璧」な国の裏側』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

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「安倍元総理暗殺」の見出しが各新聞社同じ

ここからは全国日刊紙の読者の目線に立とう。彼らは新聞で何を読んでいるのか? それは政治、経済、社会の出来事などの記事であるが、これらの基本的な特徴は、極めて事実中心であること、そしてニュースが重要なものからそうでないものの順に掲載されていることだ。

記事は「誰が」「何を」「どのように」「どこで」といった肝心で基本的な問いに完璧に答えている。「なぜ」については脇に置かれ、別の記事に書かれることが多い。その結果、別々の日刊紙に掲載された記事が酷似するという残念な傾向があり、時には形式も内容もほぼ同じであることすらある。

利点は事実が簡潔に語られていることで、欠点はアングル(角度)・文体・色合いに欠けることだ。フランスで同じ日に同じテーマについて、リベラシオン紙とル・モンド紙〔どちらも仏日刊紙〕の第一面の見出しが同じになるなど想像できようか? 不可能だ。

日本ではある重大なニュースについて、同じ日の3〜4紙の第一面に、使われる言葉までまったく同じ見出しがつくことも珍しくない。

たとえば、安倍晋三元総理大臣が暗殺された日の翌日の2022年7月9日、あるいは2015年11月のパリ同時多発テロ事件後の見出しがそうだった。だが、日本の読者はそれにあまり驚かない。