“わがままで偏屈な行動”も愛した妻のセツ
もはや、母性とかそんなレベルではない。
普通なら「夫の身勝手さに呆れた」となるところを、「純粋な人だった」と肯定的に受け止めている。その目線は、八雲の母・ローザが生まれ育ったレフカダ島の聖堂に掲げられたイコンのマリア様レベルである。包容力とか、そんな言葉ではとても表現できない。
しかも、セツは苦労してきたとはいえ、まだ23歳。ずっと年上の八雲が子供でもやらないようなわがままで偏屈な行動をしているのを、「まじりけのない」と慈しむのである。
ともすれば、わがまま放題の夫に悩まされる妻みたいな構図になりそうだが、そうならなかったのは、やっぱりセツだったからだろう。
煙が嫌だと毎日出前、煙管30〜40本、猫は一瞬で追放……現代なら確実に「モラハラ夫」認定される行動パターンである。それを「まじりけのない」と受け止められる人間など、この世にどれだけいるだろうか。
こんな人生のパートナー、千金万金を積んでも見つけることなどできない。
八雲が世界的な作家になれたのは、才能のおかげではない。セツに出会えたからである。もはや、これはハリス(ギリシャ語で神様の恵み)を超えたイコノミア(同、人と人とを巡り合わせる神様の働き)といっても過言ではない。
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