食堂経営の過去、料理への造詣は深かった

八雲は食に対する関心が人一倍深かった。ニューオリンズ時代には、実際に食堂を経営した経験もある。すべてのメニューが5セント、10セントあれば腹いっぱいになれるというふれ込みで開業した。だが、ビジネスパートナーに売上を持ち逃げされ、わずか1カ月で閉店に追い込まれている(Woellert, Dann. "Eating with Lafcadio Hearn in Cincinnati, New Orleans, Martinique and Japan." Dann Woellert The Food Etymologist(blog), November 5, 2023)。

しかし、八雲の食への情熱はそこで終わらなかった。1885年、クレオール料理を徹底的に取材し、膨大なレシピを収録した『La Cuisine Creole』(日本語版は『復刻版 ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』CEメディアハウス2017年)を出版する。

これは、ニューオリンズの名シェフや評判の高いクレオール家庭の主婦たちから集めたレシピをまとめた、クレオール料理本の先駆けとなった。食堂経営は失敗したが、料理への造詣は本物だったのだ。

そんな八雲の奇矯な行動の中で、特に注目したいのは毎日の晩酌である。ビールは山口薬店で売っている「朝日ビール」を一日に2本。屋敷に暮らすようになってからは、いつでも何ダースかを買い置きして出すようになっていた。

「ばけばけ」に盛り上がる松江市内
筆者撮影
「ばけばけ」に盛り上がる松江市内

ビールの後には「甘いお菓子を5~6個」食べた

興味深いのは、酒の肴である。八百はこう語っている。

先生の酒のお肴は実に妙なものでして、毎晩アサヒビール2本それをお飲みになりますと、必らずのその後で、今は松江に見当たりませんが黄金牡丹と申しまして、卵黄製で黄色の花弁の中央が必ず紅色になっていました、誠に柔らかい菓子を5、6個食べられました。結局ビールのお肴が菓子という訳です。

この黄金牡丹こがねぼたんは、明治時代にはよく流行した和菓子だった。近年、松江市内の和菓子店が復刻を試みるなど、八雲ゆかりの菓子として注目されている。

その製法は、次のようなものだ。

上製白餡百目につき黄身4粒 白玉三匁くらい黄身と白玉をよくすり合わせ餡を丸め上下へ指のあとをつけてその中へ入れ取りだして蒸し籠へ入れて蒸すものなり
(村上俊次『和洋菓子製造方法仕様独習案内』村上菓子製造所 1897年)

白餡に卵黄。この時点で、甘くてカロリー高いことは確定である。しかも、これを5、6個食べるというから驚きだ。もう、完全に酒飲みの領域である。